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遺言書がある場合の相続手続きガイド

2025-12-01

故人が遺言書を残されていた場合、その後の相続手続きは、遺言書がない場合と比較して、故人の意思が最大限に尊重されるという特徴があります。遺言書の内容は、民法で定められた法定相続分よりも原則として優先されるため、相続人同士の話し合い(遺産分割協議)を省略し、円滑に手続きを進められる可能性が高まります。

しかし、遺言書があるからといって全てが自動的に完了するわけではありません。遺言書の種類に応じた法的な手続きや、財産を実際に引き継ぐための複雑な名義変更など、適切な流れを踏む必要があります。

本記事では、法律の専門家ではない方に向けて、遺言書が見つかった際の相続手続きの具体的なステップと、知っておくべき重要な注意点について解説します。

1.遺言書がある場合の相続手続きの「流れ」(ステップ解説)

遺言書がある場合の相続手続きは、主に以下のステップで進行します。

STEP 1:遺言書の種類を確認する

遺言書は大きく分けて「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があり、種類によってその後の対応が異なります。

公正証書遺言:公証人が作成するため、検認手続きは不要です。

自筆証書遺言・秘密証書遺言:法務局で保管されているものを除くこれらの遺言書については、原則として家庭裁判所の検認手続きが必要となります。

【重要】 封印された自筆証書遺言や秘密証書遺言を勝手に開封することは、法律により禁止されています(違反すると過料が科される可能性あり)。

STEP 2:他の相続人へ遺言書の存在を知らせる

遺言書を発見した相続人は、その存在を他の相続人全員に速やかに通知する必要があります。遺言書の内容が自分に不利益だからといって隠匿・破棄する行為は、「相続欠格事由」に該当し、相続人としての資格を失うリスクがあるため、絶対に避けなければなりません。

STEP 3:遺言執行者の確認と手続きの実行

遺言書に「遺言執行者」が指定されている場合、その人物が遺言の内容を実現するために必要な全ての行為を行います。預貯金の払い戻しや不動産の名義変更など、煩雑な手続きは遺言執行者が中心となって進めます。相続人は遺言執行者の執行を妨げてはなりません。

指定がない場合は、相続人全員で手続きを行うか、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることができます。

STEP 4:財産の名義変更(銀行・不動産)

遺言書の有効性が確認され、検認(必要な場合)が完了したら、具体的な財産の承継手続きに移ります。

預貯金(銀行)の払い戻し・名義変更

銀行などの金融機関で故人の口座の払い戻しや名義変更を行う際は、遺言書、検認済証明書(法務局保管の自筆証書遺言と公正証書遺言の場合は不要)、亡くなった方の戸籍謄本、預金を取得する人や遺言執行者の印鑑証明書など、各金融機関が定める書類を揃えて提出します。遺言書がある場合、原則として遺言により財産を取得する人が単独で手続きできる点がメリットです。

不動産の相続登記

不動産を相続した場合は、法務局で名義を書き換える相続登記が必要です。相続登記は2024年4月1日から義務化されており、取得を知った日から3年以内に申請しないと過料が科される可能性があるため、期限には注意が必要です。

STEP 5:相続税の申告と納税

遺産総額が相続税の基礎控除額(3,000万円+法定相続人の数×600万円)を超える場合、亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告と納税が必要です。遺言書がある場合でも、この申告義務は変わりません。

2.遺言書があっても「遺産分割協議」が必要になるケース

遺言書は原則優先されますが、その内容を必ずしも守る必要がないケースや、遺言書だけでは手続きが完了しないケースが存在します。

1. 相続関係者全員が同意した場合

相続関係者全員(法定相続人や遺言により財産を受け取る受遺者など)が合意すれば、遺言書の内容とは異なる遺産分割を自由に決定できます。故人の意思を尊重しつつも、現状に合わせた柔軟な分割が可能です。

全員の合意を将来の紛争防止のため明確にしておくには、遺産分割協議書を作成し、相続人全員(および受遺者等)が署名のうえ実印で押印する必要があります。

2. 遺言書に記載のない財産があった場合

遺言書に全ての財産が記載されておらず、記載漏れの財産が見つかった場合、その財産については法定相続人全員で遺産分割協議を行い、分け方を決めなければなりません。また、遺言書が具体的な財産ではなく、単に相続分の割合(例:長男に8割、次男に2割)のみを指定している場合も、どの財産を誰が取得するかを決めるために協議が必要です。

3.遺言の内容に不満がある場合の「遺留分」の主張

遺言書の内容が特定の相続人を優遇するもので、他の相続人の取り分が極端に少ない場合、「遺留分」という権利を行使することで最低限の遺産取得分を確保できる可能性があります。

1. 遺留分が認められる法定相続人

遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属)に認められている権利です。遺言書によって遺留分が侵害されていた場合、侵害された相続人は、多く財産を取得した人に対して金銭の支払いを請求できます。これを「遺留分侵害額請求」といいます。

2. 遺留分侵害額請求の期限

遺留分を請求できる権利には短い期限が定められています。侵害された相続人が、相続開始と遺留分侵害の事実を知ってから1年以内、または相続開始から10年を経過すると権利が時効により消滅してしまうため、迅速に行動することが不可欠です。

4.相続手続きの「不安」を「安心」に変えるサポート

遺言書がある相続手続きは、故人の意思を尊重するという大原則に従って進められますが、その過程では、遺言書の検認不動産の名義変更手続きのほか、複雑な遺留分の算定など、専門的な知識と高い正確性が求められる作業が数多く発生します。

高野司法書士事務所は、相続・遺言手続きを専門とし、法定相続人の調査から、煩雑な手続きをワンストップで代行いたします。特に、不動産の相続登記義務化や、相続放棄の手続きなど、期限管理が重要な手続きにおいて、お客様に代わり迅速かつ正確に対応します。相続に関するどんな小さなお悩みでも、どうぞお気軽にご相談ください。

相続人がいない場合の遺産はどうなる?

2025-11-21

近年、生涯独身の方の増加や少子高齢化の進展に伴い、亡くなった方に法定の相続人が一人もいない「相続人不存在」のケースが増加しています。身寄りがなく、亡くなった後に遺産が宙に浮いた状態になってしまうという問題は、社会的な課題となりつつあります。

「もし自分に相続人がいなかったら、財産は全て国に取られてしまうのだろうか?」 「お世話になった人や団体に財産を残したいけれど、どうすればよいのだろうか?」

このような不安を抱える方も少なくありません。実際に、相続人不存在によって最終的に国庫に帰属する遺産の額は、年々増加傾向にあるとされています。

本記事では、相続人不存在とはどのような状況を指すのか、遺された財産は最終的にどこへ行くのか、そして、ご自身の意思を反映させるために生前にできる相続対策(特に遺言書の作成)について、法律を専門としない方にも分かりやすく徹底的に解説します。

1.相続人不存在とは?その定義と3つのパターン

相続人不存在とは、民法が定める「法定相続人」に該当する人が、亡くなった方(被相続人)の死亡時に一人もいない状態を指します。

法定相続人とは、法律によって定められた相続権を持つ人で、その範囲と順位は以下の通りです。

配偶者:常に相続人となる。

第1順位:子(子が亡くなっていれば孫、ひ孫などの直系卑属)。

第2順位:父母(父母が亡くなっていれば祖父母などの直系尊属)。

第3順位:兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっていれば甥姪)。

この法定相続人(および代襲相続人)が誰もいない場合に相続人不存在となります。なお、いとこや叔父叔母、甥姪の子どもなどは法定相続人ではありません。

相続人不存在になる具体的なケースは、主に次の3つのパターンが考えられます。

(1) 家族構成的に法定相続人がいないケース

被相続人が独身で子どもがおらず、両親などの直系尊属も兄弟姉妹(および甥姪)も既に亡くなっている、いわゆる「天涯孤独」の状態です。

(2) 法定相続人全員が相続放棄したケース

戸籍上は相続人がいるものの、その全員が家庭裁判所に相続放棄の申述を行い、それが受理された場合です。相続放棄をすると、その人は初めから相続人ではなかったものとみなされます。被相続人に多額の借金(負債)があった場合に、借金を引き継がないために全員で放棄するケースが多く見られます。

(3) 相続欠格・相続廃除により相続権を失ったケース

法定相続人に相続の意思があっても、被相続人に対して重大な不正行為や虐待行為があった場合、「相続欠格」や「相続廃除」によって相続権を失うことがあります。この結果、他に相続人がいなければ相続人不存在となります。ただし、欠格や廃除の場合、第1順位や第3順位では代襲相続が認められるため、その子(孫など)が相続人になる可能性があります。

誤解されやすい「相続人がいない」ケース

相続人が行方不明または音信不通である場合は、その人が法律上の相続人である限り、相続人不存在とは扱われません。一方、内縁の配偶者は法律上の相続人ではないため、他に法定相続人がいなければ相続人不存在として扱われます。

行方不明の場合:戸籍から抹消されていない限り、法律上は相続人が「いる」ものとして扱われます。遺産分割を進めるためには、不在者財産管理人の選任や失踪宣告の手続きが必要です。

内縁の配偶者:法律上の婚姻関係がないため、内縁の配偶者には法定相続権はありません。財産を確実に残すには、遺言書を作成するか、後述の特別縁故者として財産分与を求める必要があります。

2.相続人不存在の場合、遺産はどこへ行く?

相続人不存在の状態が確定した場合、遺産はすぐに国のものになるわけではなく、以下の優先順位に従って清算・処分されていきます。

(1) 遺言書で指定された人(受遺者)や債権者

まず、遺言書が残されていれば、そこに指定された人や団体(受遺者)に財産が渡されます。遺言書は法定相続人がいない場合でも、被相続人の意思を実現する上で非常に強力な手段です。

また、被相続人に対して金銭を貸していた人や、未払いの家賃などの支払いを受ける権利を持つ債権者がいる場合は、遺産から支払いがなされます。

(2) 特別縁故者への財産分与

債権者受遺者への支払い・遺贈を終えてもなお財産が残っている場合、次に財産を受け取る可能性があるのが「特別縁故者」です。

特別縁故者とは、被相続人と特別に緊密な関係にあったと家庭裁判所に認められた人や団体を指します。例としては、内縁の配偶者、事実上の養子、生前に献身的に療養看護に努めた人などが挙げられます。

特別縁故者が財産を受け取るためには、相続人不存在が確定してから3か月以内に、家庭裁判所に「財産分与の申立て」を行う必要があります。家庭裁判所は、故人との関係性や貢献度などを総合的に考慮し、分与の可否や金額を決定します。

なお、特別縁故者への財産分与は、遺贈とみなされ相続税の課税対象となり、原則として2割加算の対象となります。

(3) 最終的な国庫帰属

上記(1)と(2)の手続きを経てもなお残った財産、あるいは遺言書特別縁故者も存在しない場合は、その残余財産は最終的に国庫に帰属し、国のものとなります(民法959条)。2022年度の段階で国庫に帰属した金額は768億円にのぼるとされており、このケースは増加傾向にあります。

3.相続人不存在の場合の複雑な手続きの流れ

相続人不存在となった場合、遺産は勝手に処分できず、法的な清算手続きを進めるために、家庭裁判所に相続財産清算人(令和5年4月1日以前は「相続財産管理人」)の選任を申し立てる必要があります。

この申立ては、被相続人の債権者受遺者特別縁故者などの利害関係人、または検察官が行います。相続財産清算人には、通常、弁護士や司法書士などの専門家が選任され、中立的な立場で財産の調査・管理・清算を担います。

(1) 相続財産清算人の選任と公告

家庭裁判所が相続財産清算人を選任すると、その旨と、相続人がいる場合に名乗り出るよう求める「相続人捜索の公告」を官報で行います。この公告期間は6か月以上と定められています。

(2) 債権者・受遺者の申出の公告

上記と並行して、相続財産清算人は、債権者受遺者に対して、2か月以上の期間を定めて請求を申し出るよう公告します。期間満了後、申出のあった債権者受遺者には、遺産から支払いや遺贈が行われます。

(3) 相続人不存在の確定と財産分与

相続財産清算人の選任後、家庭裁判所による相続人捜索の公告期間(6か月以上)が満了し、相続人が現れなかった場合、相続人不存在が確定します。

法改正(令和5年4月1日施行)前は、各公告を段階的に行う必要があったため、確定までに最低10ヶ月以上を要していました。しかし、改正後は相続財産清算人の選任公告、債権者・受遺者の申出の公告、相続人捜索の公告3つの公告を同時期に並行して行うことができるようになったため、相続人不存在が確定するまでの期間最短6ヶ月に短縮されました。

確定後3か月以内特別縁故者から申立てがあれば、家庭裁判所の審判を経て財産が分与されます。

(4) 国庫帰属と期間・費用

相続人不存在の確定自体は最短6ヶ月で可能となりましたが、その後の特別縁故者への財産分与申立て期間(3ヶ月以内)を経る必要があり、さらに債権者への弁済や不動産などの財産処分の手続きにかかる期間も含めると、この一連の清算手続き全体が完了し、最終的に国庫に帰属するまでには、依然として最低でも10ヶ月以上かかることが一般的です。

また、相続財産清算人の報酬や公告費用などを賄うための予納金(数十万円から100万円程度)を、申立人が家庭裁判所に納める必要があるケースもあります。これは、残された関係者にとって経済的・時間的に大きな負担となります。

4.知っておきたい相続人不存在の注意点

不動産の共有者と特別縁故者の優先順位

もし亡くなった方が共有不動産の持分を持っていた場合、民法には相続人がいないときその持分は他の共有者に帰属する旨の規定がありますが、最高裁判所の判断により、特別縁故者への財産分与が共有者への帰属よりも優先されます。つまり、特別縁故者が財産を分与された後に残った持分があれば、それが他の共有者に帰属するという順番になります。

遺産の勝手な処分は禁止

相続人不存在のケースで、親族や知人であっても、遺された財産(家財、預貯金、不動産など)を勝手に処分したり、解約したりすることは許されません。すべての財産は相続財産清算人が管理・清算する対象となります。

5.大切な財産を活かすための生前対策

相続人不存在の場合、手続きは複雑で時間がかかり、最終的に財産が国庫に帰属してしまうリスクがあります。

自分の意思を反映させ、残された方々の負担を減らすためには、生前対策が不可欠です。

(1) 遺言書の作成で遺産の行き先を明確に

最も確実で重要な対策は、遺言書を作成しておくことです。

遺言書があれば、法定相続人がいない場合でも、財産の承継先を自由に指定し、意図しない国庫帰属を避けることができます。例えば、内縁の配偶者お世話になった人へ財産を遺贈したり、社会貢献のために特定の団体に寄付したりする、といった意思を実現できます。

遺言書があれば、相続財産清算人の選任手続きが不要になり、残された関係者の負担が大きく軽減されます。

特に、形式不備や紛失のリスクが低い公正証書遺言を作成し、遺言書の内容を確実に実現させる遺言執行者(司法書士などの専門家を指定可能)を決めておくことが推奨されます。

(2) その他の生前対策

死後事務委任契約:葬儀の手配や行政手続き、医療費の精算など、ご逝去後の事務処理を第三者に委任する契約です。相続人不存在の場合には、財産管理とは別に、これらの事務を担う人がいないため、遺言書と併せて検討することが重要です。

生前贈与:生きている間に財産を贈与する方法です。贈与者は財産の使い道を見届けることができ、贈与を受けた側も確実に財産を取得できます。

6.専門家からのメッセージ

相続人不存在の問題や、大切な方へ確実に財産を引き継ぐための遺言書作成は、多くの方にとって初めて直面する複雑な課題です。

私たち高野司法書士事務所は、相続・遺言手続きを専門としており、お客様一人ひとりの想いを実現し、未来に不安を残さないためのサポートを提供しています。

相続人不存在の懸念がある方には、公正証書遺言の作成を全面的に支援いたします。法的に有効で、ご依頼者様の明確な意思が反映された遺言書を作成し、大切な財産が意図しない形で国庫に帰属してしまうことを防ぎます。

相続遺言に関するご不安、疑問がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。あなたの想いを未来へつなぐお手伝いを、責任をもって務めさせていただきます。

遺贈と相続って何が違うの?

2025-11-13

「遺贈」と「相続」は、どちらも亡くなった方の財産を特定の人に引き継がせるという意味合いで使われますが、法律上の性質や手続き、そして税金面において決定的な違いがあります。

特に、遺言書を作成する際にこの二つの言葉を誤って使用すると、受け取る側が不利益を被ったり、手続きが複雑になったりする可能性があります。

この記事では、法律を専門としない方にもわかりやすく、遺贈と相続の基本的な違いから、手続き上の注意点、そして相続税に関する重要な留意点までを詳しく解説します。大切な財産をご自身の意志通りに、そして円滑に次世代へ引き継ぐための参考にしてください。

1.相続と遺贈の基本的な違い

相続と遺贈の最も大きな違いは、「誰が財産を受け取るのか」という財産を受け取る相手の範囲です。

1. 相続は法定相続人が対象

「相続」とは、民法で定められた法定相続人(配偶者、子、父母、兄弟姉妹など)が、亡くなった方(被相続人)の財産を包括的に承継することを指します。

相続においては、財産の権利だけでなく、借金などの負債(マイナスの財産)も原則として承継されます。遺言書がない場合でも、法定相続人が法律で定められた相続分に従って財産を引き継ぐことが可能です。

遺言書で法定相続人に対して財産を引き継がせる場合、「相続させる」という文言が使われます。この「相続させる」という表現は、遺産分割の方法を指定する法的意味合いを持ちます。

2. 遺贈は誰にでも財産を譲れる

「遺贈(いぞう)」とは、亡くなった方(遺言者)が遺言書によって、財産の一部または全てを無償で譲ることを意味します。遺贈を受ける人や団体を受遺者(じゅいしゃ)と呼びます。

遺贈の最大のポイントは、法定相続人以外の人や法人・団体にも財産を譲渡できる点です。

例えば、婚姻関係がない内縁の配偶者、養子縁組をしていない連れ子、法定相続人ではない孫や子の配偶者(長男の妻など)、あるいは、お世話になった友人、NPO法人、学校、地方自治体などに財産を遺したい場合に利用されます。

また、遺言書で法定相続人に対して財産を引き継がせる場合にも、「遺贈する」という言葉を使うことは可能です。ただし、後述する手続き上の煩雑さから、相続人に対しては「相続させる」という表現を使うことが推奨されています。遺贈は、法的には財産の無償譲渡とみなされます。

2.遺贈の2つの種類:包括遺贈と特定遺贈

遺贈には、財産の渡し方によって「包括遺贈(ほうかついぞう)」と「特定遺贈(とくていいぞう)」の2種類があります。この違いは、負債の承継や手続きに大きく影響するため、非常に重要です。

1. 包括遺贈(割合を指定する方法)

包括遺贈とは、遺産の全体または(遺産全体に対して)割合を指定して財産を譲る方法です。例として、「全財産の半分(2分の1)をAに遺贈する」といった指定が該当します。

包括受遺者は、その割合に応じて相続人と同一の権利と義務を持つことになります。したがって、借金やローンなどの負債(マイナスの財産)も割合に応じて承継する必要があるため、注意が必要です。

また、包括遺贈の場合、受遺者は他の相続人に交じって遺産分割協議に参加し、具体的にどの財産を取得するかを決める必要があります。

2. 特定遺贈(特定の財産を指定する方法)

特定遺贈とは、遺産の中から特定の財産を指定して譲る方法です。例として、「〇〇銀行の預金100万円をBさんに遺贈する」「甲土地をC団体に遺贈する」といった指定が該当します。

特定遺贈では、指定された財産のみを取得するため、原則として負債を引き継ぐ必要はありません。そのため、福祉団体やNPO法人など、法人が遺贈を受け入れる場合は、リスクを抑えられる特定遺贈として受け入れるケースがほとんどです。

3.手続き上の大きな違い(不動産登記を中心に)

遺贈と相続では、特に不動産(土地や建物)の名義変更を行う際の不動産登記手続きにおいて大きな違いが生じます。

1. 相続人に「相続させる」場合

遺言書で法定相続人に「相続させる」と記載されている場合、その財産を取得する相続人は単独で相続登記(所有権移転登記)を申請することができます。これにより、他の相続人全員の協力や署名・押印、印鑑証明書が不要となり、手続きをスムーズに進められます

2. 相続人に「遺贈する」場合

かつては、相続人に「遺贈する」と記載されている場合、受遺者である相続人が単独で登記をすることができず、他の相続人全員との共同で手続きを進める必要がありました。しかし、令和5年4月1日の不動産登記法改正により、相続人に対する遺贈であれば、受遺者である相続人が単独で登記申請を行うことが可能になりました

3. 相続人以外に「遺贈する」場合

遺言書で相続人ではない第三者や団体に「遺贈する」と記載されている場合は、原則として、受遺者(財産を取得する人)と法定相続人全員が共同で登記申請を行う必要があります。

ただし、遺言書で遺言執行者が指定されている場合は、受遺者と遺言執行者が共同で登記申請を行うことができます。このため、相続人以外へ遺贈する場合は、トラブルや手続きの煩雑さを避けるために、遺言執行者を指定しておくことが推奨されます

4. 農地や借地権の承継

特定の権利を承継する際にも、相続と遺贈では違いがあります。

農地取得:農地を取得する際、通常は農業委員会(市町村に設置されている行政委員会)の許可が必要ですが、相続人が相続または遺言(相続させる/遺贈するのどちらでも)で取得する場合、許可は不要です。ただし、相続人以外への特定遺贈の場合は、原則として農業委員会の許可が必要となります。

借地権・借家権:借地権や借家権を承継する場合、地主や大家(賃貸人)の承諾が必要です。しかし、「相続させる遺言」による承継の場合は、包括的な権利承継とみなされるため、賃貸人の承諾は不要です。一方、遺贈の場合は、原則として賃貸人の承諾が必要となり、承諾料を請求されることもあります。

4.相続税と遺贈:税制面での注意点

遺贈も相続も、亡くなった方の財産を原因として財産を取得するため、原則として相続税の課税対象となります。ただし、遺贈の場合、特に受遺者が法定相続人以外であると、税制面で不利になる点がいくつかあります。

1. 基礎控除額の計算における違い

相続税には非課税枠である基礎控除が設けられています。基礎控除額は、「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」という計算式で算出されます。

この計算において、遺贈によって財産を受け取った人(受遺者)が法定相続人ではない場合、その受遺者は「法定相続人の数」には含まれません

法定相続人以外の受遺者がいる場合、財産を受け取る人数が増えても基礎控除額は増えないため、結果的に課税対象となる遺産総額が大きくなる可能性があります。

2. 相続税の2割加算

遺贈によって財産を取得した人が、亡くなった方の配偶者や一親等の血族(子や父母)および代襲相続人となった孫以外である場合、その人が納めるべき相続税額が2割加算されます。

この2割加算は、祖父母や兄弟姉妹が相続人となる場合にも適用されます。例えば、長男の配偶者(お嫁さん)や、法定相続人ではないお孫さん、お世話になった友人などが遺贈を受けた場合、相続税が2割増しになるため、受遺者の税負担が大きくなることに注意が必要です。

3. その他の税金負担(不動産関連)

不動産を遺贈する場合、相続と比較して税負担が増加する可能性があります。

不動産取得税:相続で不動産を取得した場合は非課税ですが、相続人ではない人への特定遺贈によって不動産を取得した場合、地方税である不動産取得税が課税されます。

登録免許税:不動産の名義変更(登記)にかかる登録免許税の税率も異なります。相続の場合や法定相続人への遺贈の場合、不動産評価額の0.4%ですが、法定相続人以外への遺贈の場合、税率は2.0%と高くなります

5.遺贈と相続放棄:負債を避けるための選択肢

包括遺贈の場合、受遺者は負債も承継するリスクがあるため、財産の受け取りを拒否する相続放棄(または遺贈の放棄)の選択肢も重要になります。

1. 包括遺贈の放棄

包括遺贈の受遺者は相続人と同じ権利義務を持つため、遺贈を放棄したい場合は、包括遺贈があったことを知った日から3か月以内に、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して遺贈放棄の申述書を提出しなければなりません。

この3か月の期間を過ぎてしまうと、原則として遺贈を承認したものとみなされます。負債が多い場合に包括遺贈を放棄することは、受遺者にとってのリスク回避手段となります。

2. 特定遺贈の放棄

特定遺贈の場合、財産を受け取らない意思を、遺言執行者や他の相続人などの遺贈義務者に対して意思表示すればよく、家庭裁判所での手続き(相続放棄の申述)は不要です。また、原則として放棄の期限も定められていません。ただし、利害関係者から催告を受けた場合、指定期間内に回答しないと承認したものとみなされるため、速やかな意思表示が求められます。

6.トラブルを避けるための最重要ポイント

遺贈は自由度の高い制度ですが、遺言者が亡くなった後に親族間で「争族」を招かないよう、細心の注意を払う必要があります。

1. 遺留分への配慮

遺留分とは、亡くなった方の兄弟姉妹を除く法定相続人(配偶者、子、父母など)に、法律上最低限保障されている遺産の取得分のことです。

遺言書の内容がこの遺留分を侵害している場合でも、その遺言自体が無効になるわけではありません。しかし、遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、遺贈を受けた受遺者に対して遺留分侵害額請求(金銭の請求)を行うことができます。これにより、受遺者と相続人の間でトラブルが発生し、遺言者の意思が完全に実現されない可能性があります。

トラブルを避けるためには、遺言書を作成する際に、遺留分権利者に遺留分相当額を相続させるなど、遺留分を侵害しないよう十分配慮することが重要です。

2. 遺言執行者の指定

遺贈を行う場合、遺言書の内容を確実に実行するために、遺言執行者を指定しておくことが強く推奨されます。

遺言執行者は、相続人全員の代理人として、遺贈された財産の登記や名義変更、預貯金の引き出しなどの手続きを単独で行う権限と義務を持ちます。遺言執行者を指定することで、相続人や受遺者の負担を軽減し、手続きの円滑化を図ることができます。

7.相続・遺言手続きでお悩みなら高野司法書士事務所へ

相続や遺贈に関する手続きは、非常に専門性が高く、一般の方がご自身で全てを円滑に進めるのは難しいのが現状です。

高野司法書士事務所は、相続・遺言手続きを専門としており、お客様の想いを汲み取り、法的に有効かつ将来のトラブルを未然に防ぐための遺言書作成サポートを得意としております。

煩雑な手続きをすべて代行:不動産の名義変更(相続登記)、遺言執行者のサポート、複雑な戸籍収集など、専門知識が必要な手続きを一貫してサポートいたします。

トラブル回避の設計:遺留分を考慮した遺言内容の設計や、相続人への説明方法など、長年の経験に基づいた円満な承継を実現するためのアドバイスを提供します。

確実な遺言の実現公正証書遺言の作成支援を推奨し、お客様の遺言の意思を法的に最も確実な形で実現できるよう尽力します。

「自分の想いを確実に残したい」「家族間の争いを避けたい」「遺言の手続きで何をすべきか分からない」といった不安をお持ちであれば、ぜひ一度、高野司法書士事務所にご相談ください。私たちは、お客様の大切な財産と想いを未来へつなぐお手伝いをさせていただきます。

行方不明の相続人の探し方

2025-10-03

相続が発生した際、遺産をどのように分けるかという問題は、残されたご家族にとって重要な課題となります。しかし、親族関係が複雑であったり、長年音信不通であったりする相続人、あるいは行方不明の相続人がいるケースでは、遺産分割協議の進行が困難となり、手続きが滞ってしまうことが少なくありません。

有効な遺産分割協議を成立させるためには、原則として相続人全員の同意が必須です。たとえ行方不明の相続人がいたとしても、その人を除外して他の相続人だけで協議を進め、遺産分割協議書を作成したとしても、その協議は無効となってしまいます。

本記事では、行方不明の相続人がいる場合に、どのように所在を探し、相続手続き、特に不在者財産管理人の選任や登記、そして生前の遺言書作成といった対策を通じて、この難局を乗り越えるかについて、専門的な観点から詳しく解説します。

1.相続人の所在を特定するための初期対応

相続手続きを進める上で、行方不明となっている相続人(以下「行方不明者」)の生死が確認されていない限り、その者は相続の権利を有しています。そのため、まずは行方不明者の所在を特定し、接触を試みることが最初のステップとなります。

1. 戸籍の附票を用いた住所調査

行方不明者の現在の住所を特定するためには、「戸籍の附票(こせきのふひょう)」を確認する方法が一般的です。

戸籍の附票は、本籍地の市区町村役場で管理されており、その戸籍が作成されてから現在に至るまでの住民票の異動の履歴が記録されています。他の法定相続人(配偶者や直系血族など)であれば、この戸籍の附票を請求し、現在の住所を確認できる可能性があります。

2. 住所判明後の連絡と交渉の試み

住所が判明した後は、判明した住所宛に連絡文書を送付し、相続が発生した旨や遺産分割協議が必要であることを丁寧に伝えましょう。

この際、相手の気分を害さないよう、言葉遣いを丁重にし、相続関係を示した「相続関係説明図」を同封するなど、状況を理解しやすいように配慮することが重要です。いきなり遺産分割協議書への捺印を求めたり、相続財産の詳細を手紙に書いたりすることは、トラブルの原因となる危険性があるため避けるべきです。

手紙を送付しても「転居先不明」で返送された場合や、連絡を無視される状況が続く場合には、次のステップとして家庭裁判所での法的な手続きを検討する必要があります。

2.法的手続き:不在者財産管理人選任と失踪宣告

所在調査を行っても行方不明者と連絡が取れない場合や、生死が不明な状態にある場合は、家庭裁判所での手続きを通じて相続手続きを進めることになります。行方不明となっている期間によって、取るべき手続きが異なります。

1. 不在者財産管理人の選任(行方不明期間が7年未満の場合)

行方不明者が生死不明となってから7年未満の場合(または、生存を前提として財産管理が必要な場合)には、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てます。

不在者財産管理人とは、従来の住所を去り、容易に戻る見込みのない者(不在者)の財産を管理・保存するために選任される人です。他の相続人は「利害関係人」として選任申立てを行うことができます。

選任された不在者財産管理人が、不在者に代わって遺産分割協議に参加するためには、家庭裁判所の許可(権限外行為の許可)を得ることが必須です。この制度は不在者の利益を保護するためのものであるため、遺産分割協議の内容が、不在者の法定相続分を下回るような案である場合、裁判所から許可が下りない可能性が高い点に注意が必要です。そのため、不在者が法定相続分以上の財産を取得する形で協議がまとまるのが一般的です。

不在者財産管理人の選任手続きには、申立てから数か月(約3か月~)の期間を要し、不在者の財産を管理するための予納金(管理費用)を納付しなければならない場合もあります。

2. 失踪宣告の申立て(行方不明期間が7年以上の場合)

行方不明者の生死が7年間以上明らかでない場合(普通失踪)、または特定の危難(災害や遭難など)が去ってから1年間生死不明の場合(特別失踪)は、家庭裁判所に失踪宣告を申し立てることができます。

失踪宣告が認められると、その行方不明者は法律上死亡したものとみなされます。これにより、その者を除いた相続人だけで遺産分割協議を進めることが可能になります。ただし、失踪者が被相続人の死亡前に死亡したとみなされた場合、失踪者に子がいれば、その子が代襲相続人として協議に参加することになります。

失踪宣告の手続きには、調査や官報公告などが必要で、審判が確定するまでに通常1年以上の期間がかかることが多く、相続税の申告期限(10ヶ月以内)に間に合わない可能性があるため、緊急で手続きを進めたい場合は、不在者財産管理人の選任がより現実的な選択肢となることが多いです。

3.不動産の登記手続きにおける注意点

相続財産に不動産が含まれる場合、遺産分割協議が成立しなければ、特定の相続人が単独で所有権を得る相続登記(名義変更)を行うことは原則としてできません。

1. 遺産分割協議後の登記申請

行方不明者がいる状況で登記を行うためには、以下の方法で有効な遺産分割協議を成立させる必要があります。

1. 不在者財産管理人が家庭裁判所の許可を得て遺産分割協議に参加し、協議が成立した後、その結果に基づき登記を申請する。

2. 失踪宣告により行方不明者が死亡したものとみなされた後、残りの相続人または代襲相続人等で協議を行い、その結果に基づき登記を申請する。

2. 遺産分割協議なしで登記が可能なケース

遺産分割協議を行わずとも登記申請ができるケースが二つあります。

1. 法定相続分どおりに登記する場合: 行方不明者も含めた法定相続人全員の共有名義として、法定相続分どおりに登記を行うことは可能です。この登記は、共有物の保存行為とみなされるため、他の相続人のうち誰か一人が代表して申請することができます。 しかし、この方法で登記をしたとしても、不動産を売却するなど処分行為を行う際には、行方不明者を含む共有者全員の同意が必要となるため、問題の根本的な解決にはなりません。

2. 遺言書がある場合: 生前に作成された遺言書で不動産の取得者が指定されている場合、遺産分割協議を経る必要がないため、行方不明者がいる状況でも、遺言書に基づき指定された取得者が単独で相続登記を申請することができます。

4.生前対策:遺言書によるトラブルの回避

将来の相続において、行方不明となる可能性のある相続人(疎遠な親族など)がいる場合、被相続人が生前に遺言書を作成しておくことが、残された相続人の手続き負担を大幅に軽減する最も確実な対策です。

1. 遺言書の法的効果

遺言書を作成し、財産の分配方法を明確に定めておけば、相続発生後、行方不明者がいても不在者財産管理人の選任や失踪宣告といった複雑な裁判所の手続きを基本的に回避できます。遺言書の内容に従って、不動産の登記を含め、相続手続きを迅速に進めることが可能になります。

2. 遺言執行者の指定

遺言書の中で「遺言執行者」を指定しておくことで、手続きはさらに円滑になります。遺言執行者は、遺言書の内容を実現するために必要な手続きを行う権限を持ち、行方不明の相続人がいたとしても、遺言書に従って不動産の登記などの手続きを進められます。遺言執行者は、不正を疑われるリスクを避けるため、親族以外の弁護士や司法書士などの専門家を指定することが推奨されます。

5.円滑な相続手続きのために専門家にご相談を

行方不明者の所在調査から始まり、不在者財産管理人の選任、失踪宣告の申立てといった裁判所での手続きは、法的な知識を必要とし、複雑で時間を要します。特に不動産の登記が関係する場合は、法的な選択肢を誤ると将来的なトラブルの原因となりかねません。

相続人が行方不明という特殊な状況下では、迅速かつ正確な手続きが必要です。どの法的手段を選択すべきか、また具体的な手続きをどのように進めるべきかお悩みの場合は、専門家である弁護士や司法書士にご相談いただくことで、お客様の状況に応じた最善の解決策を導き出し、相続問題を解決へと導くことが可能です。

遺言書の検認期日、欠席しても大丈夫?

2025-09-27

家庭裁判所から「遺言書検認期日通知書」が突然届くと、驚かれる方も少なくありません。特に、通知の中で特定の日時に裁判所への来所が求められている場合、仕事や家庭の事情で都合がつかないケースもあるでしょう。

この検認期日に欠席した場合、「相続権を失うのではないか?」「何らかの罰則を受けるのではないか?」といった不安を抱く方もいますが、申立人以外の相続人については、基本的には心配する必要はありません。

本記事では、遺言書の検認とは何かを解説するとともに、その手続き流れや、検認期日に欠席した場合の影響について詳しく解説します。

1.遺言書の検認とは?

検認とは?

遺言書の検認とは、家庭裁判所において、遺言書の存在内容を相続人に対して知らせ、同時に偽造や変造を防止することを目的とした手続きです。

検認の期日には、裁判官が遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名などを確認し、その時点での遺言書の内容を明確に記録します。これは、遺言書を公的な機関でチェックし、その証拠を保全する役割を果たします。

検認が必要な遺言書は、主に公的機関以外で保管されていた自筆証書遺言(法務局の保管制度を利用していないもの)と秘密証書遺言です。

検認が不要な遺言書

ただし、すべての遺言書に検認が必要なわけではありません。公正証書遺言や、自筆証書遺言書保管制度を利用して法務局に保管されている自筆証書遺言は、公的な管理がされているため、検認は不要とされています。

検認を怠った場合の罰則(期限)

遺言書の保管者や発見した相続人は、遺言者が亡くなったことを知った後、遅滞なく期限に注意)家庭裁判所に遺言書を提出して検認を申立て手続きが義務付けられています。

もし検認を怠ったり、検認を経ないで遺言を執行したり、家庭裁判所外で遺言書を開封したりすると、5万円以下の過料に処せられる罰則が適用される可能性があるため、注意が必要です。勝手に遺言書を開封した場合、他の相続人から偽造や変造の疑いをかけられ、後の相続トラブルに発展するリスクもあります。

2.検認手続きの概要と流れ

検認手続きの流れは以下の通りです。

1. 申立て:遺言書の保管者または発見した相続人が、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に検認を申立てます。

2. 検認期日の通知:家庭裁判所は申立人と日程調整を行った後、検認期日を決定し、相続人全員に対して通知書を郵送します。期日は申立日から数週間~1ヶ月後が目安で、平日の日中に行われます。

3. 裁判所での検認:期日には、申立人が遺言書を持参し提出します。裁判官が、出席した相続人などの立ち会いのもと、遺言書を開封し、内容や状態を確認・記録します。

4. 検認済証明書の申請・発行:検認後、検認済証明書申請を行い、発行を受けます。この証明書は、金融機関での手続きや不動産の相続登記など、その後の相続手続き必要書類となります。

検認の必要書類

検認の申立てには、主に以下の必要書類が必要となります。

  1. 家事審判申立書(または検認申立書
  2. 遺言書(申立人が期日に持参)
  3. 遺言者の出生から死亡までのすべての戸籍謄本
  4. 相続人全員の現在の戸籍謄本
  5. 収入印紙(遺言書1通につき800円)
  6. 連絡用の郵便切手

3.検認期日への出欠の可否

申立人は必ず出席が必要

遺言書の検認を申立てた本人(申立人)は、検認期日に必ず出席しなければなりません。これは、申立人が期日に遺言書原本を家庭裁判所に持参し提出する役割を担っているためであり、欠席すると検認自体が不可能になってしまいます。申立人が欠席した場合、他の出席者に迷惑をかけ、検認を怠ったとして罰則の適用を受ける危険性もあります。

申立人が確実に期日に出頭できるように、申立て前に裁判所と日程調整をする際は、確実に出席できる日を選ぶことが重要です。また、やむを得ない事情で出席が難しい場合は、弁護士を代理人として出席させることも検討できます。

申立人以外の相続人は欠席が可能

申立人以外の相続人については、検認期日に出席する法的な義務はなく、欠席しても罰則やペナルティが科せられることはありません。出席するかどうかは、各相続人の自由な判断に委ねられており、欠席する旨を裁判所に連絡する必要も特にありません。相続人全員が揃わなくても検認の手続きは進められます。

4.検認の「効力」と欠席によるデメリット

検認は遺言書の効力を決定しない

検認手続きは、あくまで遺言書の状態を形式的に確認し、偽造・変造を防ぐための手続きであり、遺言書が有効か無効かを判断するものではないという点に注意が必要です。検認が完了したからといって、その遺言書が法的に有効であると確定するわけではありません。

もし遺言書の内容に疑問がある場合や、無効であると考える場合は、検認後に別途、遺言の無効を争う手続きを行うことになります。無効を主張する流れとしては、まず家庭裁判所に遺言無効確認の調停申立て、調停で解決しない場合には訴訟へと移行します。

欠席によるデメリット

申立人以外の相続人が検認期日に欠席しても罰則はありませんが、いくつかのデメリットがあります。

1. 遺言の内容を確認するタイミングが遅れる:検認期日に立ち会わないと、遺言書の内容を知るのが一歩遅れます。遺言書の内容を早く知りたい場合は、出席が推奨されます。

2. 当日のやり取りを直接見聞きできない:期日では、裁判官から申立人などに対して遺言書の保管状況などの質問がされることがありますが、欠席するとそのやり取りや雰囲気を直接知ることができません。ただし、これらの内容は、後日家庭裁判所に検認調書の閲覧や謄写を申立てることで確認は可能です。

3. 期限のある手続きへの影響:遺言書の内容が不明な間は、相続に関する対応が難しくなることがあり、特に相続放棄のように「相続開始を知った時から3ヵ月以内」という期限が設けられている重要な手続きの判断に影響が出る可能性もあります。

5.まとめ

遺言書の検認は、自筆証書遺言や秘密証書遺言を発見した際に遅滞なく行わなければならない重要な手続きです。申立人は、申立書必要書類を揃え、期日には必ず出席する必要がありますが、その他の相続人は欠席が可能です。欠席しても相続人の権利を失うことも、罰則が科せられることもありません。

ただし、検認は遺言書の効力を確定するものではなく、検認後の相続手続きやトラブル対応を見据えると、専門的な知識を持った者(弁護士など)に手続きをサポートしてもらうことは、その後の流れをスムーズに進める上で非常に有効な手段と言えるでしょう。

検認手続きやその後の相続問題についてご不安がある場合は、専門家にご相談いただくことをおすすめします。

代償分割における遺産分割協議書の書き方

2025-09-13

相続財産の分け方は多岐にわたりますが、特に遺産の大部分が不動産などの分割しにくい財産である場合、相続人全員が公平感を持って円滑に相続手続きを進めるために「代償分割」という方法が有効です。ここでは、代償分割の基本的な考え方から、遺産分割協議書の具体的な書き方、さらには税金に関する注意点まで詳しく解説します。

1.代償分割とは?遺産分割の選択肢

代償分割とは、特定の相続人が法定相続分を超える遺産(現物)を取得する代わりに、その差額分を金銭(代償金)などで他の相続人に支払って清算する遺産分割方法です。

この方法が特に選ばれるのは、不動産や事業用資産など、そのままでは均等に分けにくい財産が主な遺産である場合です。例えば、自宅不動産を特定の相続人が単独で取得したい場合や、事業を承継する相続人が事業用資産を細分化せずにまとめて引き継ぎたい場合などに適しています。

遺産分割には代償分割の他に、主に以下の3つの方法があります。

  1. 現物分割:遺産をそのままの形で各相続人が分け合う方法です。例えば、長男が不動産を、次男が預貯金を取得するケースです。しかし、遺産の価値が不均等になりやすく、不公平感が生じるリスクがあります。
  2. 換価分割:遺産を売却して現金化し、その金銭を相続人全員で分け合う方法です。公平な分配が可能ですが、先祖代々の土地や思い出の品など、遺産そのものが失われるというデメリットがあります。
  3. 共有分割:遺産の全部または一部を複数の相続人が共同で所有する方法です。一見公平に見えますが、将来的に売却や管理の際に全員の同意が必要となり、権利関係が複雑化し、トラブルの原因となりやすい側面があります。

これらの分割方法と比較して、代償分割は遺産の現物を保ちつつ、相続人間の公平性を確保できる点で優れた選択肢と言えます。

2.代償分割のメリットとデメリット

代償分割を選択する際には、その利点と注意点を理解しておくことが重要です。

1. 代償分割のメリット

公平な遺産分配が可能:遺産の価値に差がある場合でも、代償金を支払うことで相続人それぞれの取得する財産の価値を調整し、公平な分配を実現できます。

遺産の形状を維持できる:不動産や事業用資産などを売却せずに、希望する相続人がそのままの形で引き継ぐことが可能です。これは、先祖代々の土地や、事業継続に不可欠な資産の場合に特に大きなメリットとなります。

相続トラブルの回避:不動産を共有名義にするなどの複雑な権利関係や、売却の是非をめぐる意見の対立といったトラブルを防ぐことができます。

税制上の特例活用による節税効果:特定の条件を満たす場合、「小規模宅地等の特例」を適用できる可能性があります。この特例を利用すると、自宅の敷地などの相続税評価額が最大80%減額され、相続税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。

2. 代償分割のデメリット

代償金の支払い能力が必要:遺産を多く取得する相続人は、他の相続人へ代償金を支払う義務が生じます。代償金が高額になる場合も多く、資金の準備が困難な場合は代償分割の実現が難しいこともあります。

代償金額をめぐるトラブルの可能性:代償金の金額やその評価基準について、相続人間で意見の相違が生じ、話し合いがまとまらないことがあります。特に不動産の評価は専門家でも難しく、争いの原因になりやすいです。

贈与税や譲渡所得税の課税リスク:後述しますが、遺産分割協議書に適切な記載がない場合、代償金が「贈与」とみなされて贈与税が課されたり、現金以外の財産を代償として譲渡した場合に譲渡所得税が発生したりする可能性があります。

3.遺産分割協議書に代償分割を明記する重要性

代償分割を行う上で最も重要なことの一つが、遺産分割協議書に代償分割の旨を明確に記載することです。この記載は、主に以下の2つの目的があります。

1. 贈与税の課税を避けるため:相続人間で代償金のやり取りが行われた際に、遺産分割協議書に代償分割であることの記載がないと、その金銭の授受が贈与と認定され、贈与税が課税されてしまう可能性があります。代償金は、相続財産を多く取得したことの対価として支払われるものであり、原則として贈与には該当しませんが、書面での明確な証明が不可欠です。

2. 将来的なトラブルの防止と証拠化:万が一、代償金の支払いの約束が守られなかった場合に備え、遺産分割協議書は重要な証拠となります。支払期限分割払いの条件など、詳細な取り決めを明記することで、後々の「言った言わない」といった争いを防ぐことができます。

4.代償金の金額の決め方

代償金の金額の算定方法について、法律上の明確な定めはありません。そのため、相続人全員が納得できる金額であれば、どのように決めても差し支えありません

特に代償分割の対象が不動産である場合、以下のいずれかの評価額を参考に代償金を決定するのが一般的です。

  1. 実勢価格(時価):実際に市場で取引される価格であり、最も現実的な価格といえます。不動産鑑定士による鑑定評価も、公平性を担保する上で有効な手段です。
  2. 公示価格:国土交通省が公表する土地の標準価格で、市場価格に近い水準です。
  3. 相続税評価額(路線価など):相続税や贈与税を計算する際に基準となる評価額で、公示価格の約80%程度となることが多いです。代償金を支払う相続人にとっては、支払額を抑えられるため有利となる傾向があります。
  4. 固定資産税評価額:固定資産税を算定する基準となる評価額で、公示価格の約70%程度となることが多いです。他の評価方法に比べて低めに設定されるのが一般的です。

これらの評価方法はそれぞれ金額が大きく異なるため、相続人全員がどの評価方法を採用するかについて十分に話し合い、合意することが非常に重要です。合意が得られない場合は、家庭裁判所の調停や審判で決定することも可能です。

5.遺産分割協議書の書き方:ひな型と記載例

遺産分割協議書は、法的な要件を満たし、かつ相続人全員の合意内容を正確に反映させる必要があります。以下に、代償分割における遺産分割協議書の基本的なひな型と、具体的な記載例をケース別に示します。

1. 遺産分割協議書の基本構成

遺産分割協議書には、法律で定められた厳密な様式はありませんが、以下の情報を正確に記載することが重要です。

  • 被相続人の情報:氏名、生年月日、死亡日、本籍地、最終住所地。
  • 相続人の情報:遺産分割協議に参加した全ての相続人の氏名と住所。
  • 遺産の内容と分割方法:各相続人が取得する財産とその内容、または代償金の支払い条件を明記します。
  • 代償金の具体的条件:支払額、支払期限、支払方法(振込先口座など)、振込手数料の負担者などを明確に記載します。
  • 相続人全員の署名と実印での押印:全ての相続人が署名・押印することで、協議内容の真正性を担保します。相続登記や相続税申告では実印での押印と印鑑証明書の添付が必要となります。

2. 遺産分割協議書のひな型(記入例)

以下のひな型はあくまで一例です。個別の状況に合わせて適宜調整してください。

遺産分割協議書

被相続人    □□□(昭和△△年△月△日生)
死亡日     令和△△年△月△日
最後の本籍地  神奈川県□□市△△町〇丁目〇番
最後の住所   神奈川県□□市△△町〇丁目〇番△号

上記の被相続人□□□(以下「被相続人」という)の遺産相続に関し、共同相続人である被相続人の妻〇〇〇〇(以下「甲」という)、長男〇〇〇〇(以下「乙」という)、および長女〇〇〇〇(以下「丙」という)は、本日、遺産の分割について協議を行い、下記の通り分割取得することに合意した。

第1条(遺産の取得)
1.甲は、以下の遺産を取得する。
(1)土地
   所  在  神奈川県横浜市青葉区□□町
   地  番  △△番△
   地  目  宅地
   地  積  △△.△△平方メートル
(2)建物
   所  在  神奈川県横浜市青葉区□□町 ○○番○
   家屋番号  △△番△
   種  類  居宅
   構  造  木造瓦葺2階建て
   床面積   1階部分 〇平方メートル
         2階部分 ○平方メートル
(3)動産
   前号建物に付随する家具・家財その他一切の動産

2.乙は、以下の遺産を取得する。
(1)預貯金
   □□銀行□□支店 普通預金 口座番号△△△△
   口座名義人 □□□

第2条(代償金の支払い)
甲は、前条1項に記載された遺産を取得する代償として、丙に対し金〇〇万円を令和〇年〇月〇日までに、以下の口座に振込送金の方法により支払う。その際にかかる振込手数料は、甲が負担する。
(振込先口座)
 〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号〇〇〇〇〇〇〇
 口座名義人 □□□□

第3条(後日判明した遺産の取り扱い)
本協議書に記載なき遺産及び後日判明した遺産については、相続人甲、乙及び丙が各3分の1の割合で取得することとする。

以上のとおり、甲乙丙相続人全員による遺産分割協議が成立したことを証明するため、本協議書を3通作成し、甲乙丙相続人全員が署名押印のうえ、各1通ずつ所持する。

令和〇〇年〇月〇日(作成日を記入)

住 所 神奈川県横浜市青葉区□□△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人甲(妻) 〇〇〇〇 実印

住 所 神奈川県川崎市□□区△△町△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人乙(長男) 〇〇〇〇 実印

住 所 埼玉県△△市□□町△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人丙(長女) 〇〇〇〇 実印

3. 遺産の記載方法(預貯金など)

不動産:所在、地番、地目、地積、種類、構造、床面積、家屋番号など、登記簿に記載されている通りに正確に記載します。

預貯金:金融機関名、支店名、預金の種類(普通預金、定期預金など)、口座番号、口座名義人を明記します。ただし、預貯金の金額は、協議書作成後も変動する可能性があるため、確定しているものを除き、具体的な金額を記載しない方が望ましいとされています。もし記載する場合は、「相続開始日の残高」といった但し書きを添えると良いでしょう。

4. 代償金を金銭で支払う場合の記載例

特定の相続人が遺産を取得し、他の相続人へ代償金を金銭で支払う場合の記載例です。支払期限と振込先口座、振込手数料の負担についても明確に記載することが重要です。

第〇条(代償金の支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、金〇〇万円を令和〇年〇月〇日までに、以下の口座に振込送金の方法により支払う。その際にかかる振込手数料は、相続人〇〇〇〇が負担する。
(振込先口座)
 〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号〇〇〇〇〇〇〇
 口座名義人 □□□□

5. 代償金が金銭以外の場合の記載例

代償金が金銭ではなく、別の不動産などの財産を譲渡する形で支払われる場合の記載例です。譲渡する財産を特定し、所有権移転登記の手続きと支払期限、費用負担を明記します。

第〇条(代償財産の譲渡)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、相続人〇〇〇〇が所有する下記不動産の所有権を譲渡し、令和〇年〇月〇日までに所有権移転登記手続を完了させる。なお、所有権移転登記に関する費用は相続人〇〇〇〇が負担する。
(不動産)
 所  在  〇〇県〇〇市〇〇町〇〇丁目
 地  番  〇〇番
 地  目  宅地
 地  積  〇〇.〇〇平方メートル

6. 複数の相続人に代償金を支払う場合の記載例

一人の相続人が遺産を取得し、複数の相続人へ代償金を支払う場合の記載例です。各相続人への支払額と支払期限、振込先口座を個別に明記します。

第〇条(代償金の支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、下記のとおり代償金を支払う。いずれも、振込手数料は相続人〇〇〇〇が負担する。

1.相続人□□□□に対して
  代償金額  金□□万円
  支払期限  令和〇年〇月〇日限り
  〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号□□□□□□□
  口座名義人 □□□□

2.相続人◇◇◇◇に対して
  代償金額  金◇◇万円
  支払期限  令和〇年〇月〇日限り
  〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号◇◇◇◇◇◇◇
  口座名義人 ◇◇◇◇

7. 分割払いで代償金を支払う場合の記載例

代償金が高額で一括払いが難しい場合、相続人全員の合意があれば分割払いも可能です。分割払い記載例では、支払い回数、毎回の金額、支払期限を具体的に明記します。

第〇条(代償金の分割支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、金〇〇万円を次のとおり分割して支払う。
1.令和〇年〇月から令和〇年〇月まで □回
  毎月末日限り 金□万円
2.令和〇年〇月〇日限り 金□万円

第〇条(支払い方法)
前条の支払いは、以下の口座に振込送金の方法により行う。振込手数料は相続人〇〇〇〇が負担する。
(振込先口座)
 〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号□□□□□□□
 口座名義人 □□□□

8. 遅延損害金や抵当権を設定する場合

代償金の支払いが滞った場合に備え、遺産分割協議書に遅延損害金や抵当権の設定について定めておくことも検討できます。

6.代償分割における税金(特に贈与税)

代償分割を行う際には、贈与税をはじめとする税金について十分に理解し、適切な対策を講じることが不可欠です。

1. 贈与税のリスクと回避策

代償分割で支払われる代償金は、原則として贈与税の課税対象にはなりません。代償金は、遺産分割の一環として、相続分の公平性を保つために支払われるものだからです。しかし、以下のような場合には贈与税が課される可能性があります。

  1. 割協議書に代償分割の旨が明記されていない場合:これが最も一般的な贈与税リスクです。単なる金銭の贈与とみなされ、受け取った側に贈与税が課税されてしまいます。
  2. 回避策:遺産分割協議書には、「代償分割による代償金である」ことを明確に記載することが必須です。

  1. 遺産の評価額を著しく超える代償金が支払われた場合:代償金の金額が、取得した遺産の価値を大幅に上回る場合、その超過分が贈与とみなされて贈与税の課税対象となることがあります。
  2. 回避策:遺産の評価額を適正に算出し、過大な代償金の支払いを避けることが重要です。

  1. 遺産を全く相続していない人が代償金を支払う場合:生命保険金は受取人固有の財産であり、遺産分割の対象とはなりません。もし、遺産を全く相続していない人が、生命保険金を原資として他の相続人に金銭を支払った場合、それは代償分割とは認められず、贈与と判断される可能性が高いです。

2. 譲渡所得税の発生条件

代償金を金銭で支払う場合は、譲渡所得税はかかりません。しかし、遺産を取得した相続人が、金銭以外の資産(例えば、自身が所有する不動産や株式など)を代償として他の相続人に譲渡した場合には、その資産の譲渡益に対して譲渡所得税が発生する可能性があります。これは、その資産を時価で譲渡したとみなされるためです。現金以外の財産を代償とする場合は、事前に税理士などの専門家に相談し、税額を試算しておくことをお勧めします。

3. 相続税の課税価格計算

代償分割における相続税の課税価格は、代償金の支払い側と受取側でそれぞれ以下のように計算されます。

代償金を支払う相続人:課税価格 = 相続した遺産の評価額 − 支払った代償金の金額。

代償金を受け取る相続人:課税価格 = 相続した遺産の評価額(他の遺産を取得した場合)+ 受け取った代償金の金額。

4. 小規模宅地等の特例による節税効果

代償分割では、一定の条件を満たす場合、小規模宅地等の特例を適用することで相続税の負担を軽減できることがあります。この特例は、被相続人の居住用や事業用の宅地などを相続した場合に、その土地の評価額を最大80%減額できる制度です。この特例の適用要件をよく確認し、代償分割と合わせて活用することで、効果的な節税対策となる可能性があります。

7.代償分割を円滑に進めるための注意点

代償分割を円滑に進め、将来的なトラブルを防ぐためには、いくつかの重要な注意点があります。

1. 支払期限の猶予や分割払いの交渉

代償金が高額で、支払期限までに一括で用意することが難しい場合もあるでしょう。このような場合、相続人全員で話し合いを行い、支払期限の延長(猶予)分割払いの交渉をすることが考えられます。 分割払いにする場合は、支払い回数、毎回の金額、支払期日などを明確に定めて遺産分割協議書に記載しておくことが、後々のトラブル防止のために非常に重要です。

2. 遺産分割協議書を公正証書で作成するメリット

遺産分割協議書は、私的に作成したものでも法的な効力は持ちます。しかし、相続人同士の信頼関係が薄い場合や、代償金額が高額であるなどの理由で代償金の支払いが滞る懸念がある場合は、遺産分割協議書を公正証書で作成することを検討しましょう。 公正証書に「強制執行受諾文言」(代償金の支払いをしない場合は直ちに強制執行に服するという文言)を記載しておくことで、万が一支払いが滞った際に、裁判所を介することなく強制執行の手続きを行うことが可能になります。これは、代償金を確実に回収するための強力な手段となります。

8.専門家への相談の勧め

代償分割は、相続法や税法に関する専門的な知識を要する複雑な手続きです。遺産の評価、税務リスクの回避(特に贈与税)、遺産分割協議書の適切な作成、支払期限分割払い条件の交渉など、一般の方が行うには非常に難しい側面が多々あります。

相続に詳しい司法書士や弁護士、税理士などの専門家に相談することで、個々の状況に応じた的確なアドバイスを受け、最適な分割方法の選択、適正な遺産評価、贈与税などの税金リスクの回避、そして不備のない遺産分割協議書の作成をサポートしてもらうことができます。専門家のサポートを得ることで、相続手続きを円滑かつ円満に進められる可能性が高まります。

生前に遺留分放棄をする方法

2025-09-04

相続は、時に複雑な人間関係や財産の問題を引き起こします。特に、ご自身の死後に特定の人物に財産を集中させたい、あるいは将来の相続トラブルを避けたいと考える場合、相続人予定者による「遺留分の放棄」を家庭裁判所で申し立てることが有効な手段となり得ます。本記事では、遺留分放棄の基本的な概念から、その手続き、メリット、そして注意点について詳しく解説します。

1.遺留分とは何か

まず、遺留分について理解を深めましょう。遺留分とは、法律によって一部の相続人に対して最低限保障されている遺産の取得割合のことです。これは、故人の遺言によって財産が特定の相続人に集中させられたとしても、残された家族の生活保障や相続への期待を保護するために認められている強い権利です。

遺留分が認められるのは、配偶者、子(代襲相続人を含む孫など)、および直系尊属(父母や祖父母)です。一方で、故人の兄弟姉妹には遺留分は認められていません。

遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は「遺留分侵害額請求」を行うことで、侵害された遺留分に相当する金銭を取り戻すことができます。

2.遺留分放棄とは

遺留分放棄とは、遺留分を持つ相続人が、自身の遺留分の権利を自ら手放すことを指します。この放棄により、その相続人は遺留分侵害額請求を行うことができなくなります。遺留分放棄は、被相続人の生前でも死後でも行うことが可能です。

3.遺留分放棄と相続放棄の違い

「放棄」という言葉が含まれるため混同されがちですが、遺留分放棄と相続放棄は全く異なる制度です。主な違いは以下の通りです。

放棄の対象:

    ◦ 相続放棄は、相続人が相続人としての地位そのものを放棄し、故人の資産も債務も一切承継しないことを表明します。これにより、最初から相続人ではなかったものとみなされます。

    ◦ 遺留分放棄は、あくまで遺留分を請求する権利を手放す行為であり、相続権そのものを失うわけではありません。遺留分を放棄しても、相続人としての地位は維持され、遺言や遺産分割協議によって財産を相続する可能性が残ります。

手続きの時期:

    ◦ 相続放棄は、故人の死後、「自己のために相続があったことを知ったとき」から原則3か月以内に家庭裁判所に申述する必要があります。生前の相続放棄は法律上認められていません

    ◦ 遺留分放棄は、故人の生前でも死後でも可能です。ただし、生前に行う場合は家庭裁判所の許可が必須となります。

他の相続人への影響:

    ◦ 相続放棄があった場合、放棄した相続人の相続分は他の相続人に割り振られるため、他の相続人の法定相続分が増加する可能性があります。

    ◦ 遺留分放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼしません。放棄によって生じた部分は、被相続人が自由に処分できる財産に組み込まれます。

4.生前に遺留分放棄をする方法手続き必要書類

故人の生前に遺留分を放棄する場合、家庭裁判所の許可が必須です(民法1049条1項)。家族間での私的な合意書念書だけでは、法的な効力は生じません。これは、相続人になる方が不当な圧力により意思に反して権利を放棄することを防ぐための措置です。

手続きの流れ

1. 申立人の準備: 遺留分を放棄する相続人自身が申立人となります。

2. 申立先の家庭裁判所: 故人となる予定の人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てを行います。

3. 必要書類の提出: 以下の必要書類を揃えて提出します。

  • 遺留分放棄の許可申立書
  • 故人となる人の戸籍謄本(全部事項証明書)
  • 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
  • 財産目録(不動産、現金、預貯金、株式など)
  • 申立手数料として収入印紙800円分
  • 連絡用郵便切手(金額は裁判所によって異なります)

4. 家庭裁判所による審査(審問): 申立書が受理されると、まず裁判所から「照会書」が送付されるのが一般的です。申立人は、遺留分放棄に至った経緯や相続財産の状況、放棄が真意によるものかなどについて、書面で回答します。その内容を確認したうえで、裁判所がさらに詳しい事情を把握する必要があると判断した場合には、審問期日が指定され、裁判官との面談が行われます。

5.遺留分放棄の許可基準

家庭裁判所が遺留分放棄を許可するにあたっては、以下の点が重視されます。

申立人の自由意思に基づくこと: 他者からの不当な干渉や強要がないか。

放棄理由の合理性・必要性: 財産の散逸防止、不動産の細分化回避、遺産紛争の回避、事業承継など、合理的な理由があるか。

代償の有無: 遺留分放棄の代償として、相当な財産の生前贈与や特別な利益が申立人に与えられているか。

これらの基準を満たさない場合、申し立ては却下される可能性があります。

6.念書(合意書)の書き方

故人の生前における遺留分放棄については、前述の通り、家庭裁判所の許可が必須であり、念書合意書に法的効力はありません。

一方で、故人の死後に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可は不要です。この場合、遺留分侵害額請求を行わない意思を相手方に伝えることで放棄したことになります。口頭でも有効ですが、後々のトラブルを防ぐために、遺留分放棄の念書合意書を作成し、書面で意思表示をすることが一般的です。

念書を作成する際は、以下の点を明確に記載しましょう。

  • 念書の内容: 遺留分を放棄する旨と、対象となる被相続人を特定する情報(氏名など)を明記します。
  • 作成年月日: 念書を作成した日付を記載します。
  • 作成者の情報: 遺留分を放棄する遺留分権利者本人の氏名、住所、署名捺印が必要です。

念書の書式は、パソコンで作成したものを利用し、日付や署名捺印を自筆で行う方法でも構いませんし、全文を手書きで作成しても問題ありません。

7.遺留分放棄のメリット

生前に遺留分放棄を行うことには、いくつかのメリットがあります。

遺言通りの円滑な相続を実現できる: 特定の人物に財産を集中させたい場合、他の相続人に遺留分放棄をしてもらえれば、故人の希望通りの遺言をトラブルなく実現できます。特に、事業承継で会社の株式や不動産を後継者に集中させたい場合などに有効です。

相続トラブルを未然に防げる: 遺言の内容に不満を持つ相続人が遺留分侵害額請求を行うことで、親族間で深刻な争いが生じることがあります。事前に遺留分放棄が合意されていれば、これらのトラブルを回避し、円満な相続に繋がります。

8.遺留分放棄の注意点

遺留分放棄は重要な権利を放棄する行為であるため、いくつかの注意点があります。

原則として撤回が難しい: 一度家庭裁判所の許可を得て遺留分放棄が認められると、原則として撤回や取り消しはできません。例外的に、許可審判当時の事情が大きく変化し、客観的に放棄を継続させることが不合理と認められる場合のみ、取り消しが認められることがあります。

負債の相続は回避できない: 遺留分を放棄しても、相続人としての地位を失うわけではないため、故人に借金などの負債があった場合、その債務を相続する義務は残ります。負債の承継を免れたい場合は、別途相続放棄の手続きが必要です。

他の相続人の遺留分は増えない: 共同相続人の一人が遺留分を放棄しても、他の相続人の遺留分が増加することはありません。放棄された部分は、故人が自由に処分できる財産となります。

代償の検討: 生前に遺留分放棄をしてもらう場合、家庭裁判所の許可を得るには、放棄する相続人の自由意思が尊重されていることが大前提となります。そのうえで、代償として生前贈与や借金の肩代わりなどが行われているかどうかは、裁判所が許可を判断する際の重要な要素とされています。

遺言書の重要性: 遺留分放棄が行われても、遺言書がなければ、放棄した相続人は依然として法定相続分に基づいて遺産分割協議に参加する権利を持ちます。故人の意図通りの財産配分を実現するためには、遺留分放棄と合わせて公正証書遺言などの遺言書を作成しておくことが強く推奨されます。

未成年者の放棄: 未成年者が遺留分を放棄する場合、法定代理人(親権者など)の同意が必要です。もし未成年者と法定代理人との間で利益が相反する状況であれば、特別代理人の選任が必要となります。

9.遺留分放棄した相続人に財産を残す方法

遺留分を放棄した相続人に対しても、故人が何らかの財産を残したいと考える場合があるでしょう。そのような時には、以下の方法が考えられます。

遺言書を活用する: 遺言書によって、遺留分を放棄した相続人に対しても財産を指定して残すことが可能です。特に公正証書遺言は、その確実性から推奨されます。

生命保険を活用する: 生命保険の死亡保険金は、原則として相続財産に含まれないため、指定された受取人が全額を受け取ることができます。遺留分を放棄した相続人を受取人に指定すれば、確実に財産を渡すことが可能です。

生前贈与を行う: 故人が亡くなる前に、相続人へ財産を贈与しておく方法です。贈与税の基礎控除などを活用することで、計画的に財産を移転することができます。

10.専門家にご相談ください

生前における遺留分放棄は、故人の意思を尊重した円滑な相続を実現し、将来の相続トラブルを避けるための有効な手段です。しかし、家庭裁判所の厳格な手続きと許可が必要であり、一度放棄すると原則として撤回できないなど、慎重な検討が求められます。

遺留分放棄を検討する際は、ご自身の財産状況や家族関係を総合的に考慮し、後悔のない選択をすることが大切です。特に複雑な事情がある場合などは、相続問題に詳しい専門家にご相談いただくことをお勧めします。

遺言執行者の仕事内容・流れと注意点「やること」リスト付き

2025-08-16

遺言書は、ご自身の最終の意思を形にする大切な手段です。しかし、遺言書を作成しただけでは、その内容が確実に実現されるとは限りません。遺言者の思いを確実に、そして円滑に実現するために重要な役割を果たすのが「遺言執行者」です。この役割を担う人が、遺言書に記された内容を具体的に実行するための様々な手続きを行います。

本記事では、遺言執行者の基本的な役割から、その具体的な仕事内容、選任の必要性、そして関わる上での注意点まで、詳しく解説していきます。

1.遺言執行者とは

遺言執行者とは、遺言書に記載された内容を具体的に実現するため、相続財産の管理やその他遺言の執行に必要な一切の行為を行う権利と義務を持つ人のことです。遺言者は亡くなっているため、自ら遺言の内容を実現することはできません。そのため、遺言者の代わりにその意思を実現するのが遺言執行者の役割となります。

2019年の民法改正により、遺言執行者の権限の範囲が明確化され、その法的地位はより強固なものとなりました。以前は「相続人の代理人」とみなされていましたが、現在では遺言執行者がその権限内で遺言執行者であることを示して行った行為は、相続人に対して直接効力を生じるとされています。また、相続人は遺言執行者の遺言執行を妨げる行為をすることができず、これに違反した行為は無効となります。これにより、遺言執行者は、相続人の利益・不利益にかかわらず、遺言者の真の意思を実現する立場にあることが明確になりました。

2.遺言執行者の「やること」:就任から完了までの流れと具体的な職務

遺言執行者に指定された場合、その職務は多岐にわたります。以下に、就任から完了までの主な流れと具体的な「やること」を説明します。

1. 就任の承諾と通知

遺言執行者に指定された場合でも、その職務を引き受けるかどうかは本人の自由です。承諾する場合は、遅滞なくその旨を相続人に通知する「就任通知書」を作成し、遺言書の写しとともに相続人全員(遺言書に記載がない法定相続人や包括受遺者も含む)に送付しなければなりません。

2. 相続人の調査と確定

遺言内容を正確に執行するためには、まず誰が相続人であるかを正確に把握する必要があります。被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までの戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本などを収集し、相続人を確定します。これにより、知られていなかった相続人の存在が判明することもあります。

3. 相続財産の調査と財産目録の作成・交付

遺言執行者には、被相続人の相続財産を調査し、「財産目録」を作成して相続人に交付する「義務」があります。遺言書に記載されていない財産や、作成後に増減した財産も対象となります。預貯金であれば残高証明書、不動産であれば登記事項証明書や名寄帳などを取得して調査を進めます。財産目録は、相続人が相続放棄や限定承認を検討する上で重要な資料となるため、正確な作成が求められます。

4. 遺言内容の実現に向けた手続き

財産目録の作成と並行して、遺言書の内容に従い、具体的な執行手続きを進めます。主な業務には以下のものがあります。

  • 預貯金の払い戻し・解約: 金融機関で口座の解約手続きを行い、指定された受遺者や相続人に預金を分配・引き渡します。
  • 不動産の「相続登記」: 遺言書で特定の不動産を相続人や受遺者に「相続させる」または「遺贈する」と記載されている場合、不動産の名義変更(「相続登記」)を行います。2019年民法改正により、特定の財産を法定相続人に承継させる遺言の場合、遺言執行者が単独で「相続登記」を申請できるようになりました。
  • 株式の名義変更: 証券会社での手続きにより、株式の名義を変更します。
  • 金銭の支払い・寄付: 遺言書で指定された金銭の支払い(遺贈)や寄付を実行します。
  • 非嫡出子の認知: 遺言書で婚姻関係にない子を認知する旨が記載されている場合、遺言執行者のみがこの手続きを行うことができます。遺言執行者は就任から10日以内に市区町村役場に認知届を提出する必要があります。
  • 推定相続人の廃除やその取り消し: 遺言書で特定の相続人の相続権を奪う「相続廃除」の意思が示されている場合、またはその取り消しの場合、遺言執行者のみが家庭裁判所に申立てを行うことができます。
  • 任務完了の報告 遺言書に記載されたすべての「やること」が完了したら、遺言執行者は遅滞なくその経過と結果を相続人および包括受遺者に報告する「義務」があります。通常、「職務完了報告書」を作成し、収支内訳を含めて送付します。

3.遺言執行者の「義務」と「権限」

遺言執行者は、遺言者の意思を確実に実現するために、いくつかの「義務」と強力な「権限」を有しています。

主な「義務」:

  • 任務開始「義務」: 就任を承諾した際は、直ちに任務を開始しなければなりません。
  • 通知「義務」: 任務を開始したら、遺言内容を相続人全員に通知しなければなりません。
  • 財産目録作成・交付「義務」: 遅滞なく相続財産目録を作成し、相続人に交付する「義務」があります。
  • 引渡「義務」: 遺産として判明した金銭や受領した金銭等を相続人や受遺者に引き渡す「義務」があります。
  • 報告「義務」: 任務の途中経過や完了後に、相続人に報告する「義務」があります。
  • 善管注意「義務」: 遺言執行の全体を通じて、善良な管理者としての注意「義務」を負います。専門家が遺言執行者となる場合は、より高度な注意「義務」が求められます。

主な「権限」:

  • 単独執行権: 遺言執行者は、遺言内容を実現するために必要な一切の行為を単独で行う「権限」があります。
  • 妨害行為の無効化: 相続人が遺言執行者の執行を妨げる行為をしても、その行為は無効となります。
  • 復任権: 遺言執行者は、自己の責任で第三者(弁護士などの専門家)にその任務を行わせる「権限」(復任権)が認められています。ただし、遺言者が遺言で禁止の意思表示をしていた場合は除きます。この「復任権」は、2019年7月1日以降に作成された遺言書に適用されます。

4.遺言執行者の「選任」が必要なケースとメリット

遺言執行者はすべての相続で必ずしも必要となるわけではありませんが、「選任」が必須となるケースや、強く推奨されるケースがあります。

「選任」が必須となるケース:

これらの手続きは、遺言執行者のみが行うことができるため、遺言書にこれらの事項が記載されている場合は、必ず遺言執行者を「選任」する必要があります。

  • 子の認知(遺言認知): 婚姻関係にない男女間に生まれた子を認知する場合。
  • 相続人廃除(遺言廃除)とその取り消し: 特定の相続人の相続権を奪う場合、または以前行った廃除を取り消す場合。

「選任」が推奨されるケース:

上記以外の場合でも、遺言執行者を「選任」することで、相続手続きを円滑に進めることができます。

  • 相続人間での協力が難しい場合: 相続人が複数いる、連絡が取りづらい、関係が不仲である、または認知症などで意思表示が難しい相続人がいる場合など、相続人全員で手続きを進めるのが困難なケース。
  • 手続きが複雑な場合: 相続財産が多岐にわたる、種類が多い、または海外資産があるなど、手続きに専門知識が必要となる複雑なケース。

「選任」するメリット:

  • 遺言内容の確実な実行: 遺言執行者が責任を持って遺言者の意思を実現するため、遺言書の内容が確実に実行されやすくなります。
  • 相続トラブルの防止: 中立な立場の遺言執行者が手続きを進めることで、相続人間での感情的な対立や、遺言内容に対する不満によるトラブルの発生を抑える効果が期待できます。特に専門家を「選任」することで、紛争防止効果が高まります。
  • 相続人の負担軽減: 遺産調査、財産目録作成、「相続登記」などの煩雑な手続きを遺言執行者が代行するため、相続人の心理的・物理的な負担が大きく軽減されます。

5.遺言執行者の「選任」方法

遺言執行者を「選任」する方法は、大きく分けて二つあります。

1. 遺言による指定:

遺言者が遺言書の中で直接、一人または複数の遺言執行者を指定する方法です。また、第三者に遺言執行者の指定を委託することも可能です。この指定は遺言書の中でのみ有効とされており、生前の取り決めは無効です。

2. 家庭裁判所への「選任」申立て:

遺言書に遺言執行者の指定がない場合、または指定された遺言執行者が就任を辞退したり、すでに亡くなっていたりする場合には、相続人や受遺者、債権者などの利害関係人が家庭裁判所に遺言執行者の「選任」を申し立てることができます。

6.遺言執行者に「なれない人」と「できないこと」

遺言執行者は誰でもなれるわけではなく、法律で定められた欠格事由があります。また、遺言執行者が行えない業務も存在します。

「なれない人」(欠格事由):

  • 未成年者: 未成年者は遺言執行者になることができません。
  • 破産者: 破産者も遺言執行者になることができません。ただし、破産手続きを終えて免責が決定していれば、就任が可能です。 これらの判定は、遺言書作成時点ではなく、遺言者の死亡時点で行われます。

「できないこと」:

遺言執行者が行える業務は多岐にわたりますが、一部の業務は遺言執行者の職務範囲外とされています。

  • 相続税の申告: 相続税の申告と納付は、相続人固有の「義務」であり、遺言執行者がこれを行うことはできません。遺言執行者が税理士であったとしても、相続税の申告は別途依頼する必要があります。

7.遺言執行者の「報酬」

遺言執行者には「報酬」が発生する場合があります。

遺言書で指定されている場合: 遺言書に「報酬」に関する記載があれば、その内容に従って支払われます。

遺言書に指定がない場合: 遺言執行者が相続人や親族の場合、無償で引き受けることもありますが、一般的には20万円から30万円程度が目安とされています。専門家が遺言執行者となる場合は、別途「報酬」が発生します。

家庭裁判所が決定する場合: 遺言書に「報酬」の指定がなく、相続人と遺言執行者との間で合意できない場合は、家庭裁判所に申し立てて「報酬」額を決定してもらうことができます。

専門家に遺言執行を依頼する場合の「報酬」相場は、遺産総額に応じて変動することが多く、一般的には遺産総額の1%から3%が目安とされています。弁護士の場合、30万円から100万円程度が相場とされています。信託銀行に依頼する場合は、数十万円から100万円程度の最低「報酬」額が設定されていることが多いです。

「報酬」の支払いは、原則として遺言執行者がすべての業務を完了した後に、相続人全員で負担します。

8.遺言執行者の就任拒否・辞任・解任

遺言執行者に指定されても、その職務を完遂できない事情がある場合、就任を拒否したり、辞任したり、または解任される可能性もあります。

就任拒否: 遺言執行者への就任は自由であるため、指定された人が辞退することも認められています。拒否の理由に制限はなく、口頭でも可能ですが、後々のトラブルを避けるために書面で意思表示をすることが推奨されます。ただし、相続人などからの催告に対し、一定期間内に返答しない場合は、就任を承諾したとみなされることがありますので注意が必要です。

辞任: 一度就任を承諾した遺言執行者が辞任するには、「正当な事由」が必要です。例えば、病気や高齢、多忙による職務継続の困難などがこれにあたります。辞任を希望する場合は、家庭裁判所の許可を得る必要があります。

解任: 遺言執行者がその「義務」を怠った場合や、遺言の公正な実現を妨げる行為があった場合など、「正当な事由」があれば、相続人などの利害関係人が家庭裁判所に申し立てて解任を請求することができます。

遺言執行者がいなくなった場合、遺言認知や相続廃除など、遺言執行者のみが行える業務が含まれているときは、新たに家庭裁判所に遺言執行者の「選任」を申し立てる必要があります。

9.不安なことがあれば専門家へご相談ください

相続手続きは複雑で専門知識を要することも多いため、遺言執行者に指定された方がご自身で手続きを進めることに不安を感じる場合や、トラブルを避けたい場合は、専門家への依頼を検討することも有効な選択肢です。専門家は豊富な知識と経験に基づいて、手続きを円滑に進め、遺言者の意思が確実に実現されるようサポートします。

不安がある場合や手続きをスムーズに進めたい場合は、横浜市青葉区の高野司法書士事務所までご相談ください。経験豊富な司法書士が丁寧にサポートいたします。

数次相続における遺産分割協議書の書き方

2025-08-12

相続手続きが完了する前に、相続人の一人が亡くなってしまうという、予期せぬ事態が発生することがあります。このような「続けて発生した相続」を数次相続と呼びます。数次相続は通常の相続に比べて手続きが非常に煩雑になり、複雑な知識が求められます。

本記事では、数次相続の基本的な概念から、特に重要となる遺産分割協議の進め方、そして遺産分割協議書の適切な書き方記載例、さらには相続登記や相続税申告における注意点まで、数次相続に直面した際に役立つ実践的な情報をご紹介します。

1.数次相続とは?

数次相続とは、最初の相続(一次相続)が発生し、その遺産分割協議の手続きが完了しないうちに、その一次相続の相続人が亡くなり、次の相続(二次相続)が開始してしまう状況を指します。

例えば、祖父が亡くなり(一次相続)、その遺産分割協議を始める前に、祖父の相続人である父も亡くなってしまった(二次相続)といったケースが典型的です。この場合、父が相続するはずだった祖父の遺産の取り分は、父の相続人、つまり二次相続の相続人(例:母、子)が引き継ぐことになります。

数次相続と混同されやすいものに、「代襲相続」や「再転相続」があります。それぞれの違いを理解することが重要です。

代襲相続:被相続人が亡くなる「前」に、本来の相続人(子や兄弟姉妹)がすでに亡くなっていたり、相続権を失っていたりする場合に、その相続人の子どもなどが代わりに相続することです。代襲相続では、亡くなった相続人の配偶者は相続人にはなりません。

再転相続:最初の相続の「熟慮期間」(相続放棄や限定承認ができる期間。原則として、自己のために相続があったことを知った日から3ヶ月)が経過する「前」に、次の相続が発生することです。

数次相続:最初の相続の「遺産分割」が終わる「前」に、次の相続が発生することです。

数次相続が発生すると、最初の相続の遺産分割協議には二次相続の相続人も加わるため、関係者の数が大幅に増え、話し合いがまとまりにくくなる傾向があります。また、相続が三度、四度と連鎖する可能性もあり、放置するとさらに複雑化し、収拾がつかなくなる事態に陥ることも少なくありません。そのため、数次相続は早期に対処することが非常に重要です.

2.数次相続における手続きの進め方と特有の注意点

数次相続が発生した場合、通常の相続手続きに加えて、いくつかの特有の手続きや注意点があります。

相続人調査

数次相続では、一次相続相続人二次相続相続人全員を正確に確定することが第一歩です。これには、それぞれの被相続人について、出生から死亡までの連続した戸籍謄本を全て取得する必要があります。

一次相続の被相続人の相続人であったが、その後に亡くなった相続人二次相続の被相続人)の相続分は、二次相続相続人が引き継ぎます。例えば、祖父の相続人が父と叔父で、遺産分割前に父が亡くなり、父の相続人が母、長男、長女である場合、祖父の相続人は祖母、叔父、そして父の代わりに母、長男、長女の計5人になります。この際、母、長男、長女は父の相続分をそのまま引き継ぐ立場であるため、個々の法定相続割合が増えるわけではなく、父の相続分(例えば1/4)を彼らの中で分け合うことになります。

遺産分割協議

数次相続における遺産分割協議は、一次相続の被相続人だけでなく、二次相続の被相続人(一次相続相続人)に関する遺産も含めて行われることになります。一次相続遺産分割協議には、二次相続相続人全員が参加することが必須です。相続人が一人でも欠けている状態では、遺産分割協議書は無効となります。

遺産分割協議は、一次相続二次相続を別々に行うことも、まとめて行うことも可能です。数次相続の遺産分割協議書は、手続きの煩雑さを避けるため、通常は一次相続と二次相続で別々に作成することが推奨されています。しかし、一次相続と二次相続の相続人が全く同じである場合(例:父の後に母が亡くなったケースなど)は、1通にまとめて作成することも可能です。遺言書が残されている場合は、原則としてその内容に従うため、遺産分割協議は不要となる場合があります。

3.数次相続における遺産分割協議書の書き方

一次相続遺産分割協議書の記載例

被相続人の表記:通常は一人の被相続人の情報のみを記載しますが、数次相続の場合は、一次相続の被相続人に加えて、その後に亡くなった二次相続の被相続人(一次相続相続人でもあった人)の情報も記載します。この際、二次相続の被相続人の肩書きは「相続人兼被相続人」と明記します。

遺産分割協議の冒頭文数次相続が発生した事実と、二次相続相続人一次相続相続人の地位を承継して協議に参加している旨を明記すると良いでしょう。

相続人の署名欄二次相続相続人が署名する際には、通常の「相続人」という肩書きに加えて、「相続人兼(二次相続の被相続人の氏名)の相続人」というように、その地位を明確に記載します。

記載例(一次相続の遺産分割協議書)

以下に、数次相続が発生した際の一次相続遺産分割協議書記載例を示します。

——————————————————————————–

               遺産分割協議書

被相続人:甲野太郎
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地

相続人兼被相続人:甲野花子
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地

上記被相続人 甲野太郎 の遺産について、共同相続人全員において遺産の分割について協議をした結果、次のとおり決定した。なお、共同相続人の1人である甲野花子が令和〇年〇月〇日に死亡したため、甲野花子の相続人である甲野一郎、甲野二郎がその地位を承継し、協議に参加した。

                  記

1. 被相続人 甲野太郎の有する下記不動産(土地・建物)は、甲野一郎が取得する。

    ◦ 不動産の表示

▪ 土地:
            所在:〇〇県〇〇市〇丁目
            地番:〇〇番
            地目:宅地
            地積:〇〇.〇〇平方メートル

▪ 建物:
            所在:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
            家屋番号:〇〇番
            種類:居宅
            構造:木造瓦葺2階建
            床面積:1階 〇〇.〇〇平方メートル、2階 〇〇.〇〇平方メートル

(以下、具体的な遺産の内容と取得者を記載。例:~略~)

以上のとおり、相続人全員による遺産分割協議が成立したことを証するため、本協議書〇通を作成し、各自署名捺印のうえ、それぞれ1通を保管する。

令和〇年〇月〇日

相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野一郎
(署名) 実印


相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野二郎
(署名) 実印

——————————————————————————–

二次相続の遺産分割協議書の書き方

二次相続遺産分割協議書については、一次相続遺産分割協議が完了し、二次相続の被相続人が一次相続から取得した財産が明確になっている状況であれば、通常の遺産分割協議書書き方と同様に進めて問題ありません。

1通の遺産分割協議書にまとめる記載例

両親の相続が相次いで発生した場合など、一次相続と二次相続の共同相続人が同一のケースです。

——————————————————————————–

               遺産分割協議書

被相続人:甲野太郎
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地

相続人兼被相続人:甲野花子
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地

上記被相続人 甲野太郎 の相続が令和〇年〇月〇日に開始し、その相続人の1人である妻・甲野花子は令和〇年〇月〇日に死亡した。被相続人 甲野太郎 及び 相続人兼被相続人 甲野花子 の遺産については、被相続人の長男 甲野一郎、二男 甲野二郎 の相続人全員で遺産の分割について協議をした結果、次のとおり決定した。

                  記

1. 被相続人 甲野太郎 の有する下記不動産については、甲野一郎 が相続する。
(以下、具体的な遺産の内容と取得者を記載。例:~略~)

以上のとおり、相続人全員による遺産分割協議が成立したので、これを証するため本書を作成し、署名捺印する。

令和〇年〇月〇日

相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野一郎
(署名) 実印


相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野二郎
(署名) 実印
——————————————————————————–

数次相続における相続登記

不動産を相続した場合には、法務局で相続登記(不動産の名義変更)を行う必要があります。2024年4月1日からは相続登記が義務化され、相続を知った日から3年以内に相続登記をしない場合、10万円以下の過料が課される可能性があります。

数次相続において不動産を相続した場合、相続登記の方法には注意が必要です。原則として、一次相続相続登記を行った後に、二次相続相続登記を行うというように、それぞれの相続ごとに登記を申請する必要があります。

しかし、一定の条件を満たす場合には、「中間省略登記」と呼ばれる相続登記を行うことができます。

中間省略登記が認められる主なケースは以下の通りです。

  • 中間の相続人が1人だけだった場合。
  • 中間の相続人が複数いたが、遺産分割協議や相続放棄などにより、結果的にそのうちの1人だけが単独で不動産を相続することになった場合。

中間省略登記が認められると、手続きの手間を省き、相続登記にかかる登録免許税(原則として不動産の評価額の0.4%)を節約できるというメリットがあります。中間省略登記を行う際の相続登記申請書には、一次相続二次相続、両方の死亡年月日と原因を記載する必要があります。

また、土地に関する数次相続が発生し、中間省略登記をせずに2回に分けて相続登記を行う場合、一次相続相続登記にかかる登録免許税が免除されるという暫定的な措置が設けられています。ただし、建物には適用されませんので注意が必要です。

4.数次相続における相続税申告

数次相続が発生した場合、一次相続相続税申告・納税義務は二次相続相続人に引き継がれます。したがって、二次相続相続人は、一次相続二次相続のそれぞれについて相続税の申告・納税を行う必要があります。

申告期限の延長相続税の申告期限は、原則として相続開始(被相続人が亡くなった日)から10ヶ月以内です。しかし、一次相続分の相続税申告については、二次相続相続人に限り、期限を二次相続が発生してから10ヶ月以内に延長することができます。ただし、二次相続相続人とならない一次相続相続人の申告期限は延長されないため、注意が必要です。

基礎控除額の計算相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。数次相続によって相続人が増えたとしても、この計算における法定相続人の数は、あくまで一次相続の被相続人が亡くなった時点での相続人の数で判断されます。

相次相続控除数次相続の場合には、二次相続相続税申告において「相次相続控除」の特例を利用できることがあります。これは、短期間に同じ相続財産に相続税が二重に課税される負担を軽減するための制度です。

専門家への相談数次相続では、相続税の節税対策として、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」などの特例を一次相続二次相続の両方で総合的に考慮する必要があります。これらの特例を適切に活用し、相続税の負担を最小限に抑えるためには、相続税に強い税理士などの専門家に相談することが非常に有効です。

5.できるだけ早く専門家へのご相談を

数次相続は、複数の相続が同時に進行するため、相続人の確定、遺産分割協議の進め方、遺産分割協議書書き方相続登記相続税申告といった一連の手続きが非常に複雑になります。

自己判断で手続きを進めてしまうと、思わぬミスや手続きのやり直しが発生したり、過大な相続税を支払うことになったりするリスクがあります。また、相続人間のトラブルに発展する可能性も高まります.

このような複雑な数次相続に直面した場合は、できるだけ早く専門家へ相談することをおすすめします。適切なアドバイスとサポートを得ることで、手続きをスムーズに進め、不要な負担やトラブルを避けることができるでしょう。特に相続登記や複雑な相続人調査、遺産分割協議書の作成には司法書士が専門としています。疑問や不安があれば、まずは専門家にご相談ください。

代償分割で現金がない時の解決策

2025-08-09

相続は、故人の想いや築き上げてきた財産を次世代へ引き継ぐ大切なプロセスです。しかし、遺産が不動産のように分割しにくい財産が大半を占める場合、相続人同士で公平に分けることが難しく、トラブルに発展するケースも少なくありません。このような状況で有効な解決策の一つが代償分割です。

しかし、「代償分割をしたいけれど、代償金を支払う現金がない」という問題に直面する相続人も多くいらっしゃいます。本記事では、代償分割の基本的な仕組みから、代償金がない場合の具体的な対処法、そして注意すべき税金の問題まで、詳しく解説します。

1.代償分割とは?遺産分割の基本

代償分割とは、特定の相続人が他の相続人よりも多くの遺産、特に不動産のような現物財産を取得する際に、その差額を金銭で他の相続人に支払うことで、各相続人の相続分を公平に調整する遺産分割方法です。

1. 代償分割の必要性

現金や預貯金のように分けやすい財産が遺産のほとんどを占める場合は、相続人同士で均等に分割することは比較的容易です。しかし、遺産の大部分が土地や建物などの不動産である場合、現物のまま公平に分割する現物分割は困難になります。

このような状況で公平性を保つための選択肢として、代償分割が検討されます。

2. その他の遺産分割方法

代償分割を検討する際には、他の遺産分割方法との比較も重要です。

現物分割: 相続財産をそのままの形で各相続人に割り振る方法です。手続きがシンプルである一方、財産の価値が異なる場合、公平性に欠ける可能性があります。

換価分割: 相続財産、特に不動産などを売却して現金化し、その売却代金を相続人同士で分け合う方法です。公平な分割が可能ですが、不動産を売却する必要があるため、手元に残せないというデメリットがあります。

共有分割: 遺産の一部または全部を複数の相続人で共有名義にする方法です。一時的に手続きが簡単に見える一方で、後々の不動産の管理や売却において、共有者全員の同意が必要となるため、トラブルに発展するリスクが高いとされています。一般的に、共有分割は遺産分割の最終手段として用いられることが多いです。

2.代償分割のメリットとデメリット

代償分割は、相続における特定の課題を解決する有効な手段ですが、その利点と欠点を理解しておくことが重要です。

1. メリット

公平な遺産分割の実現: 遺産の多くが不動産である場合でも、代償金を支払うことで、特定の相続人が不動産を単独で取得しつつ、他の相続人との間の公平性を保つことができます。

不動産を売却せずに維持できる: 相続人が住み慣れた自宅や、事業を行うための不動産などを売却せずに維持することが可能です。将来的な不動産の価値上昇を期待する場合にも適しています。

不動産の共有状態を回避: トラブルの原因となりやすい不動産の共有名義を避けることができます。共有状態では、売却や管理に全員の同意が必要となり、意見の不一致から関係悪化を招くことがあります。

相続税の負担軽減の可能性: 特定の相続人が不動産を取得することで、「小規模宅地等の特例」や「農地の納税猶予」といった特例の適用要件を満たし、結果として相続税の全体的な負担を軽減できる場合があります。

2. デメリット

代償金支払いのための資力が必要: 代償分割を行うには、不動産などを多く相続する相続人に、代償金を支払うだけのまとまった現金が必要となります。代償金は高額になることが多く、自身の財産から支払う必要があるため、大きな負担となる可能性があります。

不動産の評価額を巡るトラブル: 代償金の金額を決定する際、不動産の評価額の基準をどうするかで相続人間に意見の対立が生じやすいです。代償金を支払う側は評価額を低く、受け取る側は高く見積もりたがる傾向があるため、協議が難航することがあります。

3.代償金の決め方

代償金の金額は、遺産分割協議において相続人全員の話し合いで決定されます。法的なルールが明確に定められているわけではありませんが、公平な遺産分割を目指す上で、不動産の価値を適切に評価することが望ましいとされています。

不動産の評価方法には、主に以下の種類があります。

時価(実勢価格): 実際に不動産が市場で取引される際の価格で、「実勢価格」とも呼ばれます。代償金の金額や遺産分割方法を決定する際の基準として、最も公平であると考えられ、一般的に用いられます。複数の不動産会社に査定を依頼したり、不動産鑑定士による鑑定を利用したりして調査できます。

相続税評価額: 相続税や贈与税を計算する際に用いられる価格です。土地の場合は国税庁が公表する「路線価」に基づいて決まり、建物の場合は原則として「固定資産税評価額」と同じです。時価と比較すると低く評価されることがほとんどです。

固定資産税評価額: 市町村が評価する土地や建物の価格で、固定資産税などの算出に用いられます。時価や相続税評価額と比較して、さらに低く評価される傾向があります。

相続人全員の合意があれば、相続税評価額や固定資産税評価額を基準に代償金を決定することも可能ですが、一般的には時価を基準とする方が公平だと考えられます。 また、代償金の金額は、法定相続分(民法で定められた相続人の取り分の割合)を目安に決定されることが一般的です。法定相続分を基準にすることで、代償金の金額に過不足が生じにくくなり、相続人間でのトラブルを未然に防ぎやすくなります。

4.代償分割で現金がないときの解決策

「代償分割をしたいが、代償金を支払う現金がない」という状況はよく起こります。しかし、現金がない場合でも、いくつかの対処法が考えられます。

1. 代償金を分割で支払う

相続人全員の合意が得られれば、代償金の一括払いが難しい場合でも、分割払いにすることが可能です。分割払いの期間や支払い方法、期限などを遺産分割協議書に明確に記載することが重要です。ただし、後述するように、分割払いには滞納リスクが伴います。

2. 現金以外の資産を代償として提供する

現金がない場合、相続人がもともと所有している不動産や有価証券などの他の資産を代償として交付することも、相続人全員の合意があれば認められます。これにより、相続財産の公平性を保ちつつ、現金を用意する負担を避けることができます。しかし、この方法を選択する際には、後述する譲渡所得税の問題に注意が必要です。

3. 不動産ローンを利用する

代償金の支払いのために、金融機関から不動産担保ローンなどを借り入れる方法も検討できます。相続する不動産を担保にすることで、まとまった金額を借り入れ、代償金に充てることが可能です。ただし、不動産担保ローンなどは一般的な住宅ローンよりも金利が高くなる傾向があるため、返済計画を慎重に立てる必要があります。

4. 土地を分筆する

相続財産が土地のみで、代償金の支払いが難しい場合、土地を物理的に分割して相続する「分筆」も一つの選択肢となります。これにより、代償金の支払いなしに公平な遺産分割を目指すことができます。ただし、分筆によって土地の利便性や価値が変わる可能性があり、測量費用や登記費用が発生します。

5. 換価分割を検討する

代償分割が難しい場合、遺産を売却して現金化し、その代金を相続人で分け合う換価分割を検討するのも現実的な選択肢です。公平に現金を分けられるというメリットがありますが、故人が残した不動産を手放すことに抵抗がある場合もあります。

6. 生命保険を活用した生前対策

これは相続が発生する前の対策ですが、将来の相続に備えて、被相続人が生命保険を活用して代償金を用意しておくことも有効です。特定の相続人に不動産を相続させたい場合、その相続人を受取人とする生命保険に加入することで、死亡保険金を代償金の支払いにあてることができます。生命保険金は受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象外となるため、手続きもスムーズに進みます。

5.代償分割における税金とその他の注意点

代償分割を行う際には、税金の問題や将来的なトラブルを避けるための注意点がいくつかあります。

1. 贈与税について

代償金は相続税の課税対象となる財産とみなされるため、原則として贈与税は課されません。しかし、代償分割の合意内容が遺産分割協議書に明記されていない場合や、代償金が必要以上に多額である場合は、単なる贈与とみなされ、贈与税が課税される可能性があります。

遺産分割協議書には、「代償分割によって、特定の相続人が特定の財産を取得する代わりに、他の相続人に対して〇〇円の代償金を支払う」といった具体的な内容を明確に記載することが極めて重要です。これにより、後日の税務調査で贈与と判断されるリスクを回避できます。

2. 譲渡所得税について

代償金が現金で支払われる場合は、代償金を受け取った相続人に所得税が課税されることはありません。 しかし、現金の代わりに相続人自身の不動産や株式などの資産を代償財産として提供した場合、その資産が時価で「譲渡された」とみなされ、譲渡所得税が課税される可能性があります。

また、不動産を代償財産として受け取った相続人は、不動産取得税や登録免許税などの諸費用も支払う必要があります。これらの税金や費用を考慮すると、現金以外の資産で代償金を支払う方が、結果的にコストが高くなることもあるため、慎重な検討が必要です。

3. 分割払いの滞納リスクと対策

代償金を分割払いにした場合、途中で支払いが滞るリスクが考えられます。一度遺産分割協議が成立すると、代償金の不払いを理由に一方的に協議を解除することは原則として認められません。

滞納が発生した場合の対処法としては、家庭裁判所への「遺産分割後の紛争調整調停」の申し立て、または「代償金支払請求訴訟」の提起が考えられます。これらの手続きによって合意が成立すれば「調停調書」が、判決が得られれば「確定判決」が作成され、これらがあれば強制執行(財産の差し押さえ)が可能になります。

事前の対策としては、以下の点が挙げられます。

支払い義務者の資力確認: 遺産分割協議の前に、代償金を支払う相続人の支払い能力(預金残高証明書や融資証明書など)を事前に確認しておくことが重要です。

公正証書の活用: 遺産分割協議書を公証役場で「公正証書」として作成し、その中に「支払いがない場合は直ちに強制執行に服する」旨の文言(強制執行受諾文言)を明記しておくことで、不払いが生じた際にすぐに強制執行が可能になります。

抵当権の設定: 代償金支払い義務者が取得する不動産や、固有の不動産に抵当権を設定する方法も有効です。これにより、万が一の不払い時には担保権を実行できます。

連帯保証人の設定: 代償金支払い義務者が代償金を支払えない場合に備え、連帯保証人を立ててもらうことも検討できます。

4. 共有分割の安易な選択を避ける

代償金を用意できないからといって、安易に不動産を共有名義にする(共有分割)のは避けるべきです。共有状態の不動産は、売却や活用において共有者全員の同意が必要となるため、将来的なトラブルの原因となりやすいからです。共有者が増えるごとに権利関係が複雑になり、意見の調整がさらに困難になることもあります。

6.相続に強い専門家へご相談ください

代償分割は、不動産のように分割しにくい相続財産がある場合に、代償金を用いることで各相続人の相続分を公平にする遺産分割方法です。相続人に代償金を支払う能力があることが前提となりますが、相続財産の売却を避けたい場合や、共有名義を避けたい場合などに有効な選択肢です。

相続に関するお悩みは、ぜひ高野司法書士事務所にご相談ください。相続手続きに特化した専門家が、お客様の状況に合わせた最適な解決策をご提案し、遺産分割協議書の作成から登記手続きまで、安心して相続を完了できるようサポートいたします。

初回相談は無料でお受けしております。まずはお気軽にお問い合わせください。

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