相続は、故人の想いや築き上げてきた財産を次世代へ引き継ぐ大切なプロセスです。しかし、遺産が不動産のように分割しにくい財産が大半を占める場合、相続人同士で公平に分けることが難しく、トラブルに発展するケースも少なくありません。このような状況で有効な解決策の一つが代償分割です。
しかし、「代償分割をしたいけれど、代償金を支払う現金がない」という問題に直面する相続人も多くいらっしゃいます。本記事では、代償分割の基本的な仕組みから、代償金がない場合の具体的な対処法、そして注意すべき税金の問題まで、詳しく解説します。
このページの目次
1.代償分割とは?遺産分割の基本
代償分割とは、特定の相続人が他の相続人よりも多くの遺産、特に不動産のような現物財産を取得する際に、その差額を金銭で他の相続人に支払うことで、各相続人の相続分を公平に調整する遺産分割方法です。
1. 代償分割の必要性
現金や預貯金のように分けやすい財産が遺産のほとんどを占める場合は、相続人同士で均等に分割することは比較的容易です。しかし、遺産の大部分が土地や建物などの不動産である場合、現物のまま公平に分割する現物分割は困難になります。
このような状況で公平性を保つための選択肢として、代償分割が検討されます。
2. その他の遺産分割方法
代償分割を検討する際には、他の遺産分割方法との比較も重要です。
• 現物分割: 相続財産をそのままの形で各相続人に割り振る方法です。手続きがシンプルである一方、財産の価値が異なる場合、公平性に欠ける可能性があります。
• 換価分割: 相続財産、特に不動産などを売却して現金化し、その売却代金を相続人同士で分け合う方法です。公平な分割が可能ですが、不動産を売却する必要があるため、手元に残せないというデメリットがあります。
• 共有分割: 遺産の一部または全部を複数の相続人で共有名義にする方法です。一時的に手続きが簡単に見える一方で、後々の不動産の管理や売却において、共有者全員の同意が必要となるため、トラブルに発展するリスクが高いとされています。一般的に、共有分割は遺産分割の最終手段として用いられることが多いです。
2.代償分割のメリットとデメリット
代償分割は、相続における特定の課題を解決する有効な手段ですが、その利点と欠点を理解しておくことが重要です。
1. メリット
• 公平な遺産分割の実現: 遺産の多くが不動産である場合でも、代償金を支払うことで、特定の相続人が不動産を単独で取得しつつ、他の相続人との間の公平性を保つことができます。
• 不動産を売却せずに維持できる: 相続人が住み慣れた自宅や、事業を行うための不動産などを売却せずに維持することが可能です。将来的な不動産の価値上昇を期待する場合にも適しています。
• 不動産の共有状態を回避: トラブルの原因となりやすい不動産の共有名義を避けることができます。共有状態では、売却や管理に全員の同意が必要となり、意見の不一致から関係悪化を招くことがあります。
• 相続税の負担軽減の可能性: 特定の相続人が不動産を取得することで、「小規模宅地等の特例」や「農地の納税猶予」といった特例の適用要件を満たし、結果として相続税の全体的な負担を軽減できる場合があります。
2. デメリット
• 代償金支払いのための資力が必要: 代償分割を行うには、不動産などを多く相続する相続人に、代償金を支払うだけのまとまった現金が必要となります。代償金は高額になることが多く、自身の財産から支払う必要があるため、大きな負担となる可能性があります。
• 不動産の評価額を巡るトラブル: 代償金の金額を決定する際、不動産の評価額の基準をどうするかで相続人間に意見の対立が生じやすいです。代償金を支払う側は評価額を低く、受け取る側は高く見積もりたがる傾向があるため、協議が難航することがあります。
3.代償金の決め方
代償金の金額は、遺産分割協議において相続人全員の話し合いで決定されます。法的なルールが明確に定められているわけではありませんが、公平な遺産分割を目指す上で、不動産の価値を適切に評価することが望ましいとされています。
不動産の評価方法には、主に以下の種類があります。
• 時価(実勢価格): 実際に不動産が市場で取引される際の価格で、「実勢価格」とも呼ばれます。代償金の金額や遺産分割方法を決定する際の基準として、最も公平であると考えられ、一般的に用いられます。複数の不動産会社に査定を依頼したり、不動産鑑定士による鑑定を利用したりして調査できます。
• 相続税評価額: 相続税や贈与税を計算する際に用いられる価格です。土地の場合は国税庁が公表する「路線価」に基づいて決まり、建物の場合は原則として「固定資産税評価額」と同じです。時価と比較すると低く評価されることがほとんどです。
• 固定資産税評価額: 市町村が評価する土地や建物の価格で、固定資産税などの算出に用いられます。時価や相続税評価額と比較して、さらに低く評価される傾向があります。
相続人全員の合意があれば、相続税評価額や固定資産税評価額を基準に代償金を決定することも可能ですが、一般的には時価を基準とする方が公平だと考えられます。 また、代償金の金額は、法定相続分(民法で定められた相続人の取り分の割合)を目安に決定されることが一般的です。法定相続分を基準にすることで、代償金の金額に過不足が生じにくくなり、相続人間でのトラブルを未然に防ぎやすくなります。
4.代償分割で現金がないときの解決策
「代償分割をしたいが、代償金を支払う現金がない」という状況はよく起こります。しかし、現金がない場合でも、いくつかの対処法が考えられます。
1. 代償金を分割で支払う
相続人全員の合意が得られれば、代償金の一括払いが難しい場合でも、分割払いにすることが可能です。分割払いの期間や支払い方法、期限などを遺産分割協議書に明確に記載することが重要です。ただし、後述するように、分割払いには滞納リスクが伴います。
2. 現金以外の資産を代償として提供する
現金がない場合、相続人がもともと所有している不動産や有価証券などの他の資産を代償として交付することも、相続人全員の合意があれば認められます。これにより、相続財産の公平性を保ちつつ、現金を用意する負担を避けることができます。しかし、この方法を選択する際には、後述する譲渡所得税の問題に注意が必要です。
3. 不動産ローンを利用する
代償金の支払いのために、金融機関から不動産担保ローンなどを借り入れる方法も検討できます。相続する不動産を担保にすることで、まとまった金額を借り入れ、代償金に充てることが可能です。ただし、不動産担保ローンなどは一般的な住宅ローンよりも金利が高くなる傾向があるため、返済計画を慎重に立てる必要があります。
4. 土地を分筆する
相続財産が土地のみで、代償金の支払いが難しい場合、土地を物理的に分割して相続する「分筆」も一つの選択肢となります。これにより、代償金の支払いなしに公平な遺産分割を目指すことができます。ただし、分筆によって土地の利便性や価値が変わる可能性があり、測量費用や登記費用が発生します。
5. 換価分割を検討する
代償分割が難しい場合、遺産を売却して現金化し、その代金を相続人で分け合う換価分割を検討するのも現実的な選択肢です。公平に現金を分けられるというメリットがありますが、故人が残した不動産を手放すことに抵抗がある場合もあります。
6. 生命保険を活用した生前対策
これは相続が発生する前の対策ですが、将来の相続に備えて、被相続人が生命保険を活用して代償金を用意しておくことも有効です。特定の相続人に不動産を相続させたい場合、その相続人を受取人とする生命保険に加入することで、死亡保険金を代償金の支払いにあてることができます。生命保険金は受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象外となるため、手続きもスムーズに進みます。
5.代償分割における税金とその他の注意点
代償分割を行う際には、税金の問題や将来的なトラブルを避けるための注意点がいくつかあります。
1. 贈与税について
代償金は相続税の課税対象となる財産とみなされるため、原則として贈与税は課されません。しかし、代償分割の合意内容が遺産分割協議書に明記されていない場合や、代償金が必要以上に多額である場合は、単なる贈与とみなされ、贈与税が課税される可能性があります。
遺産分割協議書には、「代償分割によって、特定の相続人が特定の財産を取得する代わりに、他の相続人に対して〇〇円の代償金を支払う」といった具体的な内容を明確に記載することが極めて重要です。これにより、後日の税務調査で贈与と判断されるリスクを回避できます。
2. 譲渡所得税について
代償金が現金で支払われる場合は、代償金を受け取った相続人に所得税が課税されることはありません。 しかし、現金の代わりに相続人自身の不動産や株式などの資産を代償財産として提供した場合、その資産が時価で「譲渡された」とみなされ、譲渡所得税が課税される可能性があります。
また、不動産を代償財産として受け取った相続人は、不動産取得税や登録免許税などの諸費用も支払う必要があります。これらの税金や費用を考慮すると、現金以外の資産で代償金を支払う方が、結果的にコストが高くなることもあるため、慎重な検討が必要です。
3. 分割払いの滞納リスクと対策
代償金を分割払いにした場合、途中で支払いが滞るリスクが考えられます。一度遺産分割協議が成立すると、代償金の不払いを理由に一方的に協議を解除することは原則として認められません。
滞納が発生した場合の対処法としては、家庭裁判所への「遺産分割後の紛争調整調停」の申し立て、または「代償金支払請求訴訟」の提起が考えられます。これらの手続きによって合意が成立すれば「調停調書」が、判決が得られれば「確定判決」が作成され、これらがあれば強制執行(財産の差し押さえ)が可能になります。
事前の対策としては、以下の点が挙げられます。
• 支払い義務者の資力確認: 遺産分割協議の前に、代償金を支払う相続人の支払い能力(預金残高証明書や融資証明書など)を事前に確認しておくことが重要です。
• 公正証書の活用: 遺産分割協議書を公証役場で「公正証書」として作成し、その中に「支払いがない場合は直ちに強制執行に服する」旨の文言(強制執行受諾文言)を明記しておくことで、不払いが生じた際にすぐに強制執行が可能になります。
• 抵当権の設定: 代償金支払い義務者が取得する不動産や、固有の不動産に抵当権を設定する方法も有効です。これにより、万が一の不払い時には担保権を実行できます。
• 連帯保証人の設定: 代償金支払い義務者が代償金を支払えない場合に備え、連帯保証人を立ててもらうことも検討できます。
4. 共有分割の安易な選択を避ける
代償金を用意できないからといって、安易に不動産を共有名義にする(共有分割)のは避けるべきです。共有状態の不動産は、売却や活用において共有者全員の同意が必要となるため、将来的なトラブルの原因となりやすいからです。共有者が増えるごとに権利関係が複雑になり、意見の調整がさらに困難になることもあります。
6.相続に強い専門家へご相談ください
代償分割は、不動産のように分割しにくい相続財産がある場合に、代償金を用いることで各相続人の相続分を公平にする遺産分割方法です。相続人に代償金を支払う能力があることが前提となりますが、相続財産の売却を避けたい場合や、共有名義を避けたい場合などに有効な選択肢です。
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