相続対策というとまず遺言書を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。遺言書は相続人に向けて想いを伝える最後のメッセージです。
同じメッセージでも「遺書」と「遺言書」は別物です。遺書は自分の死後に残された家族への自分のメッセージを伝えるもので、法的拘束力はありません。
これに対し、遺言書は自分の死後に財産の処分や身分行為について意思を実現するためのもので法的拘束力があります。遺書は自分の好きに作成することが出来ますが遺言書は法律で要件が厳格に定められています。
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遺言書の必要性
では遺言書はなぜ必要なのでしょうか。
遺言書が無かったとしたら、相続開始と同時に当然に分割される財産を除いて、民法で定められた法定相続分に応じて財産を共有するか、法定相続人全員によって遺産分割協議を行い、相続人の中の誰がどの相続財産を取得するのかを決定するプロセスが必須となります。遺産分割協議では各相続人のそれぞれの思惑が交錯します。
そしてそれぞれ思惑を持った相続人が自分の意見を主張し始めると他の相続人と意見が食い違い、遺産分割協議が進まなくなり手続きは暗礁に乗り上げます。
場合によっては、家庭裁判所に遺産分割調停や遺産分割審判を申し立てるなどの手続きが必要となり、決着まで数年かかることも珍しくありません。また、遺産分割協議をしないでいるうちに相続人が亡くなってしまい遺産分割協議に参加すべき相続人がさらに増えてしまうということも起こりえます。
遺言書があれば良かったのに。
遺言書があれば、自分の死後にどの相続人にどれだけの財産を残しておくのかを決めておくことが出来ます。あらかじめ決めておけるので、自分の死後に相続人が遺産分割協議を行う必要もなくなり、相続手続きをスムーズに進めることが出来るのです。
たとえ一部の相続人が遺言書の内容に納得できなかったとしても、そのような遺言書を書いた理由や自分の想いを伝えることで、残された相続人に理解してもらえることが増えるのではないかと思います。
相続手続きにおいて遺言書の果たす役割は大きいものです。仲睦まじかった家族が、相続を契機に良好だった関係に亀裂が生じてしまうのは非常に残念なことです。
遺言書さえ残しておいてもらえれば後に残された家族が相続争いでこれほど揉めることはなかっただろうと思われるケースは少なくありません。遺言書は、大切な財産を守るだけでなく、かけがえのない家族を守るためのものでもあるのです。
意外に誤解されていること
うちは財産が少ないから遺言書を書く必要はないでしょ?お金持ちの人が書くものじゃないの?と思われる方も多いかもしれません。
しかし、驚かれるかもしれませんが、遺産をめぐる争いのうち約3分の1が相続財産1000万円以下、約4分の3が相続財産5000万円以下の相続の場合に起こっているのです。
相続財産が多ければ、各相続人に分配する財産も豊富にある場合が多く、相続争いを避けられるという側面もあるのです。(もちろん例外はありますが。)
相続で揉めてトラブルに発展するのは、相続財産が少ない場合にも十分起こりうることなのです。
出典:司法統計年報
遺言書作成にあたり準備すべきこと
ここでは、特定の財産を家族の中の特定の相続人へ相続させる内容の一般的な遺言書を念頭に、遺言書を作成するにあたり準備すべき基本的な事項について確認しておきたいと思います。
① 誰が法定相続人となるのかを確認する
法定相続人とは自分が亡くなった場合に相続人になる人のことです。ここの判断を誤れば後々相続トラブルが発生する可能性があります。きちんと法定相続人を把握するためには自分の出生にまで遡る一連の戸籍謄本を取得する必要があります。
② 自分が所有する全ての財産を調査し、遺産総額を確認する
自分が所有する財産に漏れがないように把握しておく必要があります。万が一、遺言書に記載がない財産があればその財産は法定相続人の共有となります。不動産や預貯金、有価証券や動産などはプラスの相続財産となりますし、借金に代表されるマイナスの財産(債務)も相続の対象となります。
相続財産に把握漏れがあると相続税計算などにも影響を及ぼしますので綿密に調査することを心がけましょう。また、遺言書には、相続財産を特定してその詳細を記載すべきですので、不動産であれば登記事項証明書、預貯金であれば通帳や残高証明書等の財産の内容が分かる書類を準備します。
③ 誰にどの財産を相続させるかを考える(特定財産承継遺言の場合)
相続人が特定できて、財産の全体が把握出来たら、次は誰にどの財産を相続させるかを考えます。自分の介護や家業を手伝ってくれている相続人や、自分が亡くなった後の生活が心配な配偶者、事情があって働けない家族にはより多くの財産を残してあげたいと思うこともあるでしょう。
家族の未来を考えながらじっくりと検討していただきたいと思います。基本的には、遺言書は遺言者の最終意思を尊重する制度ですので、誰にどのように財産を分配するかは自由に決めることが出来ます。
しかし、同時に注意しなければならないこともあります。兄弟姉妹を除く法定相続人には法律によって最低限保障された相続分である遺留分という権利がありますので、これに配慮した遺言書を作成することが必要です。
遺留分を侵害していたとしても遺言書は有効ですが、遺留分を侵害しているケースでは遺留分侵害額請求権を行使される可能性があり相続開始後に相続トラブルに発展する事態になりかねません。
相続財産の総額が基礎控除額以下であれば相続税はかかりません。遺言書を作成する場合、相続人のうち誰にどの財産をどれくらい相続させるかで相続税が大きく変わることがあります。相続財産の評価の方法や相続税の計算方法は複雑ですので、相続税を考慮した遺言書を作成したい場合は、税理士へご相談いただくことをおススメいたします。
④ 誰を遺言執行者に指定するかを考える
遺言執行者とは、相続開始後に遺言書の内容を実現する手続きを行う人のことです。
遺言執行者は必ず定めなければならないわけではありませんが、遺言執行者がいない場合、相続人だけで遺言書の検認や遺産分割の手続き、不動産の名義変更などの手続きを行わなければなりません。
相続手続きをスムーズに進めるためには遺言執行者を定めた方が良いでしょう。
⑤ 付言事項を考える
付言事項とは、法的効力(遺産の処分など)を与えることを目的としない記載事項のことを言います。
家族への感謝を伝えたり、このような遺言書を残した経緯や趣旨を説明したりできる、相続人に宛てたメッセージです。相続人間で不公平となる内容の遺言書を残したとしても、なぜそのような遺言を残したのか経緯や趣旨を付言事項に記載することで相続人の不満が解消されることもあり、遺言者の最終意思が尊重されやすくなります。