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代償分割で現金がない時の解決策
相続は、故人の想いや築き上げてきた財産を次世代へ引き継ぐ大切なプロセスです。しかし、遺産が不動産のように分割しにくい財産が大半を占める場合、相続人同士で公平に分けることが難しく、トラブルに発展するケースも少なくありません。このような状況で有効な解決策の一つが代償分割です。
しかし、「代償分割をしたいけれど、代償金を支払う現金がない」という問題に直面する相続人も多くいらっしゃいます。本記事では、代償分割の基本的な仕組みから、代償金がない場合の具体的な対処法、そして注意すべき税金の問題まで、詳しく解説します。
1.代償分割とは?遺産分割の基本
代償分割とは、特定の相続人が他の相続人よりも多くの遺産、特に不動産のような現物財産を取得する際に、その差額を金銭で他の相続人に支払うことで、各相続人の相続分を公平に調整する遺産分割方法です。
1. 代償分割の必要性
現金や預貯金のように分けやすい財産が遺産のほとんどを占める場合は、相続人同士で均等に分割することは比較的容易です。しかし、遺産の大部分が土地や建物などの不動産である場合、現物のまま公平に分割する現物分割は困難になります。
このような状況で公平性を保つための選択肢として、代償分割が検討されます。
2. その他の遺産分割方法
代償分割を検討する際には、他の遺産分割方法との比較も重要です。
• 現物分割: 相続財産をそのままの形で各相続人に割り振る方法です。手続きがシンプルである一方、財産の価値が異なる場合、公平性に欠ける可能性があります。
• 換価分割: 相続財産、特に不動産などを売却して現金化し、その売却代金を相続人同士で分け合う方法です。公平な分割が可能ですが、不動産を売却する必要があるため、手元に残せないというデメリットがあります。
• 共有分割: 遺産の一部または全部を複数の相続人で共有名義にする方法です。一時的に手続きが簡単に見える一方で、後々の不動産の管理や売却において、共有者全員の同意が必要となるため、トラブルに発展するリスクが高いとされています。一般的に、共有分割は遺産分割の最終手段として用いられることが多いです。
2.代償分割のメリットとデメリット
代償分割は、相続における特定の課題を解決する有効な手段ですが、その利点と欠点を理解しておくことが重要です。
1. メリット
• 公平な遺産分割の実現: 遺産の多くが不動産である場合でも、代償金を支払うことで、特定の相続人が不動産を単独で取得しつつ、他の相続人との間の公平性を保つことができます。
• 不動産を売却せずに維持できる: 相続人が住み慣れた自宅や、事業を行うための不動産などを売却せずに維持することが可能です。将来的な不動産の価値上昇を期待する場合にも適しています。
• 不動産の共有状態を回避: トラブルの原因となりやすい不動産の共有名義を避けることができます。共有状態では、売却や管理に全員の同意が必要となり、意見の不一致から関係悪化を招くことがあります。
• 相続税の負担軽減の可能性: 特定の相続人が不動産を取得することで、「小規模宅地等の特例」や「農地の納税猶予」といった特例の適用要件を満たし、結果として相続税の全体的な負担を軽減できる場合があります。
2. デメリット
• 代償金支払いのための資力が必要: 代償分割を行うには、不動産などを多く相続する相続人に、代償金を支払うだけのまとまった現金が必要となります。代償金は高額になることが多く、自身の財産から支払う必要があるため、大きな負担となる可能性があります。
• 不動産の評価額を巡るトラブル: 代償金の金額を決定する際、不動産の評価額の基準をどうするかで相続人間に意見の対立が生じやすいです。代償金を支払う側は評価額を低く、受け取る側は高く見積もりたがる傾向があるため、協議が難航することがあります。
3.代償金の決め方
代償金の金額は、遺産分割協議において相続人全員の話し合いで決定されます。法的なルールが明確に定められているわけではありませんが、公平な遺産分割を目指す上で、不動産の価値を適切に評価することが望ましいとされています。
不動産の評価方法には、主に以下の種類があります。
• 時価(実勢価格): 実際に不動産が市場で取引される際の価格で、「実勢価格」とも呼ばれます。代償金の金額や遺産分割方法を決定する際の基準として、最も公平であると考えられ、一般的に用いられます。複数の不動産会社に査定を依頼したり、不動産鑑定士による鑑定を利用したりして調査できます。
• 相続税評価額: 相続税や贈与税を計算する際に用いられる価格です。土地の場合は国税庁が公表する「路線価」に基づいて決まり、建物の場合は原則として「固定資産税評価額」と同じです。時価と比較すると低く評価されることがほとんどです。
• 固定資産税評価額: 市町村が評価する土地や建物の価格で、固定資産税などの算出に用いられます。時価や相続税評価額と比較して、さらに低く評価される傾向があります。
相続人全員の合意があれば、相続税評価額や固定資産税評価額を基準に代償金を決定することも可能ですが、一般的には時価を基準とする方が公平だと考えられます。 また、代償金の金額は、法定相続分(民法で定められた相続人の取り分の割合)を目安に決定されることが一般的です。法定相続分を基準にすることで、代償金の金額に過不足が生じにくくなり、相続人間でのトラブルを未然に防ぎやすくなります。
4.代償分割で現金がないときの解決策
「代償分割をしたいが、代償金を支払う現金がない」という状況はよく起こります。しかし、現金がない場合でも、いくつかの対処法が考えられます。
1. 代償金を分割で支払う
相続人全員の合意が得られれば、代償金の一括払いが難しい場合でも、分割払いにすることが可能です。分割払いの期間や支払い方法、期限などを遺産分割協議書に明確に記載することが重要です。ただし、後述するように、分割払いには滞納リスクが伴います。
2. 現金以外の資産を代償として提供する
現金がない場合、相続人がもともと所有している不動産や有価証券などの他の資産を代償として交付することも、相続人全員の合意があれば認められます。これにより、相続財産の公平性を保ちつつ、現金を用意する負担を避けることができます。しかし、この方法を選択する際には、後述する譲渡所得税の問題に注意が必要です。
3. 不動産ローンを利用する
代償金の支払いのために、金融機関から不動産担保ローンなどを借り入れる方法も検討できます。相続する不動産を担保にすることで、まとまった金額を借り入れ、代償金に充てることが可能です。ただし、不動産担保ローンなどは一般的な住宅ローンよりも金利が高くなる傾向があるため、返済計画を慎重に立てる必要があります。
4. 土地を分筆する
相続財産が土地のみで、代償金の支払いが難しい場合、土地を物理的に分割して相続する「分筆」も一つの選択肢となります。これにより、代償金の支払いなしに公平な遺産分割を目指すことができます。ただし、分筆によって土地の利便性や価値が変わる可能性があり、測量費用や登記費用が発生します。
5. 換価分割を検討する
代償分割が難しい場合、遺産を売却して現金化し、その代金を相続人で分け合う換価分割を検討するのも現実的な選択肢です。公平に現金を分けられるというメリットがありますが、故人が残した不動産を手放すことに抵抗がある場合もあります。
6. 生命保険を活用した生前対策
これは相続が発生する前の対策ですが、将来の相続に備えて、被相続人が生命保険を活用して代償金を用意しておくことも有効です。特定の相続人に不動産を相続させたい場合、その相続人を受取人とする生命保険に加入することで、死亡保険金を代償金の支払いにあてることができます。生命保険金は受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象外となるため、手続きもスムーズに進みます。
5.代償分割における税金とその他の注意点
代償分割を行う際には、税金の問題や将来的なトラブルを避けるための注意点がいくつかあります。
1. 贈与税について
代償金は相続税の課税対象となる財産とみなされるため、原則として贈与税は課されません。しかし、代償分割の合意内容が遺産分割協議書に明記されていない場合や、代償金が必要以上に多額である場合は、単なる贈与とみなされ、贈与税が課税される可能性があります。
遺産分割協議書には、「代償分割によって、特定の相続人が特定の財産を取得する代わりに、他の相続人に対して〇〇円の代償金を支払う」といった具体的な内容を明確に記載することが極めて重要です。これにより、後日の税務調査で贈与と判断されるリスクを回避できます。
2. 譲渡所得税について
代償金が現金で支払われる場合は、代償金を受け取った相続人に所得税が課税されることはありません。 しかし、現金の代わりに相続人自身の不動産や株式などの資産を代償財産として提供した場合、その資産が時価で「譲渡された」とみなされ、譲渡所得税が課税される可能性があります。
また、不動産を代償財産として受け取った相続人は、不動産取得税や登録免許税などの諸費用も支払う必要があります。これらの税金や費用を考慮すると、現金以外の資産で代償金を支払う方が、結果的にコストが高くなることもあるため、慎重な検討が必要です。
3. 分割払いの滞納リスクと対策
代償金を分割払いにした場合、途中で支払いが滞るリスクが考えられます。一度遺産分割協議が成立すると、代償金の不払いを理由に一方的に協議を解除することは原則として認められません。
滞納が発生した場合の対処法としては、家庭裁判所への「遺産分割後の紛争調整調停」の申し立て、または「代償金支払請求訴訟」の提起が考えられます。これらの手続きによって合意が成立すれば「調停調書」が、判決が得られれば「確定判決」が作成され、これらがあれば強制執行(財産の差し押さえ)が可能になります。
事前の対策としては、以下の点が挙げられます。
• 支払い義務者の資力確認: 遺産分割協議の前に、代償金を支払う相続人の支払い能力(預金残高証明書や融資証明書など)を事前に確認しておくことが重要です。
• 公正証書の活用: 遺産分割協議書を公証役場で「公正証書」として作成し、その中に「支払いがない場合は直ちに強制執行に服する」旨の文言(強制執行受諾文言)を明記しておくことで、不払いが生じた際にすぐに強制執行が可能になります。
• 抵当権の設定: 代償金支払い義務者が取得する不動産や、固有の不動産に抵当権を設定する方法も有効です。これにより、万が一の不払い時には担保権を実行できます。
• 連帯保証人の設定: 代償金支払い義務者が代償金を支払えない場合に備え、連帯保証人を立ててもらうことも検討できます。
4. 共有分割の安易な選択を避ける
代償金を用意できないからといって、安易に不動産を共有名義にする(共有分割)のは避けるべきです。共有状態の不動産は、売却や活用において共有者全員の同意が必要となるため、将来的なトラブルの原因となりやすいからです。共有者が増えるごとに権利関係が複雑になり、意見の調整がさらに困難になることもあります。
6.相続に強い専門家へご相談ください
代償分割は、不動産のように分割しにくい相続財産がある場合に、代償金を用いることで各相続人の相続分を公平にする遺産分割方法です。相続人に代償金を支払う能力があることが前提となりますが、相続財産の売却を避けたい場合や、共有名義を避けたい場合などに有効な選択肢です。
相続に関するお悩みは、ぜひ高野司法書士事務所にご相談ください。相続手続きに特化した専門家が、お客様の状況に合わせた最適な解決策をご提案し、遺産分割協議書の作成から登記手続きまで、安心して相続を完了できるようサポートいたします。
初回相談は無料でお受けしております。まずはお気軽にお問い合わせください。

神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。
相続分の譲渡が遺産分割協議に与える影響とは?
相続が発生した際、遺産の分け方について相続人全員で話し合う「遺産分割協議」は、時に複雑で時間のかかる手続きとなりがちです。特に、相続人の間で意見の対立がある場合や、相続財産の種類が多岐にわたる場合などには、話し合いが難航し、大きな負担となることも少なくありません。このような状況で、相続人が自分の相続権を整理し、スムーズな解決を目指すための手段の一つとして、「相続分の譲渡」という制度があります。
この制度は、特定の相続人が自身の相続分を第三者に譲り渡すことで、遺産分割協議の参加者構成や進行に大きな影響を与える可能性があります。本記事では、相続分の譲渡が遺産分割協議にどのような影響を与えるのか、その具体的な制度内容、関連する注意点、そしてメリット・デメリットについて詳しく解説します。
1.相続分の譲渡とは? 制度の基本を理解する
相続分の譲渡とは、共同相続人が遺産全体に対して持つ割合的な持ち分(包括的な持分)を、他の相続人または第三者へ譲り渡す行為 を指します。この行為によって、自身の持つ相続権を手放したい場合や、特定の人物に遺産を引き継がせたい場合に利用されます。
1. 相続分の譲渡の対象と相手
譲渡の対象となるのは、遺産を構成する個々の財産の共有持分権ではなく、遺産全体に対する包括的な持分です。例えば、法定相続分が4分の1である相続人がその持分を譲渡する場合、特定の不動産を直接譲渡するのではなく、遺産全体に対する4分の1の割合的な権利を移転することになります。どの財産を最終的に取得するかは、譲受人が参加する遺産分割協議で決定されます。
相続分の譲渡は、他の共同相続人に対して行うことも、相続人ではない第三者に対して行うことも可能 です。譲受人の人数に制限はなく、複数の人に対して一部ずつ譲渡することもできます。例えば、生前に被相続人の介護に尽力した法定相続人ではない人物へ、感謝の気持ちとして相続分を譲渡するといったケースも考えられます。
2. 譲渡の対価と時期
譲渡には、金銭などの対価を伴う「有償譲渡」と、対価を伴わない「無償譲渡」のどちらも選択できます。
この制度を利用できる時期には重要な制約があります。相続分の譲渡は、遺産分割協議(または家庭裁判所での調停や審判)が成立する前 でなければ行うことができません。遺産分割協議が一度成立してしまうと、相続人の構成や相続分が確定するため、後から譲渡を行うと、協議をやり直す必要が生じ、大きな混乱を招く可能性があるためです。話し合いの途中や、調停・審判の手続きが進行している最中であっても、遺産分割が成立する前であれば譲渡は可能です。
2.相続分の譲渡が遺産分割協議に与える影響
相続分の譲渡が行われると、遺産分割協議の参加者が変更され、その進行に直接的な影響を与えます。
1. 譲渡人と譲受人の協議参加
相続分を譲渡した者(譲渡人)は、自身の相続権を失うため、遺産分割協議に参加する必要がなくなります。これにより、相続手続きや遺産分割の話し合いから離脱できるという効果が得られます。
一方、相続分を譲り受けた者(譲受人)は、譲渡された包括的な持分を取得するため、遺産分割協議の当事者として参加する義務を負います。これは、譲受人が他の相続人ではない第三者である場合でも同様です。もし、譲受人である第三者が参加しないまま遺産分割協議が合意されたとしても、その合意は無効とされ、譲受人を含めて協議をやり直す必要が生じます。家庭裁判所での遺産分割調停や審判においても、譲渡が行われた場合は、譲受人が当事者として手続きに参加することになります。
2. 遺産分割協議の複雑化と円滑化
譲受人が他の相続人ではない第三者である場合、見ず知らずの人物が家族間のデリケートな話し合いである遺産分割協議に参加することになり、協議がまとまりにくくなる可能性があります。家族としては、プライベートな内容を家族以外に知られたくないと感じることも多いため、これがトラブルの原因となることも少なくありません。
しかし、相続分の譲渡によって参加する相続人の人数が減ることで、遺産分割協議がスムーズに進みやすくなる という側面もあります。特に、遺産を受け取る意思がない相続人が協議から抜けることで、話し合いの負担が軽減され、合意形成が促進される効果が期待できます。
3.相続分の譲渡に関する重要な注意点
相続分の譲渡は便利な制度である一方で、いくつかの重要な注意点が存在します。
1. 可分債務の支払義務は残る
相続分の譲渡を行ったとしても、被相続人が負っていた借金などの「可分債務」の支払義務から免れることはできません。可分債務とは、金銭債務のように分割して相続人に承継される債務のことで、遺産分割協議の対象とはなりません。
最高裁判所の判例(最高裁昭和34年6月19日判決)でも、可分債務は法定相続分に従って相続人に当然に分割されるとされており、相続分を譲渡したとしても、その効果は維持されます。つまり、相続債権者から借金の返済を請求された場合、譲渡人は、譲受人との間で債務の負担について合意していたとしても、債権者に対してその合意を理由に支払いを拒むことはできません。
もし被相続人に多額の借金がある場合や、相続債務を一切引き継ぎたくない場合は、相続分の譲渡ではなく、家庭裁判所での手続きを要する「相続放棄」を検討することが推奨されます。相続放棄をすれば、プラスの財産だけでなくマイナスの財産も一切相続しないことになり、相続人の地位も喪失するため、債務の支払義務もなくなります。
2. 第三者への譲渡には「相続分の取戻権」がある
相続分が他の相続人ではない第三者へ譲渡された場合、他の共同相続人は、その第三者から譲渡された相続分を取り戻す権利(相続分の取戻権)を行使することができます。これは民法第905条に規定されており、第三者が遺産分割協議に参加することで生じるであろう混乱やトラブルから、他の相続人を保護することを目的としています。
取戻権を行使する他の相続人は、譲受人が支払った価額と費用を償還する必要があります。たとえ相続分の譲渡が無償で行われた場合でも、取戻権を行使する際には、譲渡された相続分の時価相当額を提供する必要があります。譲受人は、他の相続人から取戻権を行使された場合、これを拒むことはできません。
この取戻権の行使には厳格な期間制限があり、譲渡があったことを知ってから1ヶ月以内 に行使しなければなりません。この期間は非常に短いため、注意が必要です。
3. 相続分の譲渡があった旨の「通知」
相続分の譲渡は、他の相続人の同意を得ることなく、譲渡人と譲受人の合意のみで成立します。しかし、譲渡が行われたことを他の相続人が知らないと、誰を遺産分割協議の参加者とすればよいか分からなくなり、大きな混乱を招いてしまう可能性があります。
特に、相続人ではない第三者へ相続分を譲渡した場合、他の相続人が取戻権を行使する機会を適切に与えるためにも、譲渡人から他の共同相続人全員へ、相続分の譲渡があった旨を通知することが強く推奨されます。この通知は口頭でも可能ですが、後々の紛争を避けるためにも、内容証明郵便 などの書面で送付することが一般的です。
4.相続分譲渡証明書の重要性
相続分の譲渡は、譲渡人と譲受人の合意があれば口頭でも成立しますが、その後の手続きの円滑化やトラブル防止のためには、「相続分譲渡証明書」を作成することが非常に重要 です。この書面は、「相続分の譲渡が行われたこと」を公的に証明する役割を果たします。
1. 証明書が必要となる場面
相続分譲渡証明書は、特に以下のような場面で必要となります。
- 銀行などの金融機関で、譲受人が被相続人の預貯金を引き出す際。
- 譲受人が相続した不動産の名義変更(相続登記)を行う際。
- 遺産分割調停や審判の手続きを家庭裁判所に申し立てる際や、譲渡人が遺産分割の当事者から外れるための排除決定を求める際。
これらの手続きにおいて、証明書がないと金融機関や法務局が手続きに応じてくれない、あるいは手続きが進まなくなる可能性があります。
2. 証明書の作成と記載内容
相続分譲渡証明書には、特定の決まった書式はありませんが、有効な書面として認められるためには、いくつかの重要な情報を含める必要があります。
- 被相続人の情報(氏名、生年月日、最後の住所、死亡日)。
- 譲渡人の情報(住所、氏名)。
- 譲受人の情報(住所、氏名)。
- 譲渡年月日。
- 譲渡の対象(相続分全部か一部か)と、対価の有無(有償か無償か、有償の場合は金額)。
最も重要なのは、譲渡人と譲受人の双方が書面に記名し、実印を押印すること です。両者の記名押印がなければ、合意があったと認められず、手続きが進まない原因となります。実印を押印した場合は、その実印が本人のものであることを証明するために、印鑑証明書を添付する ことが一般的です。ただし、金融機関によっては、印鑑証明書に「3ヶ月以内」や「6ヶ月以内」といった有効期限を設けている場合があるため、事前に確認が必要です。
5.相続分の譲渡のメリット・デメリット
相続分の譲渡には、状況に応じて様々なメリットとデメリットが存在します。
1. メリット
相続分の譲渡を行うことで、以下のような利点が得られます。
• 遺産分割協議がまとまりやすくなる:相続人が減ることで、話し合いのメンバーが絞られ、意見調整がしやすくなります。特に、相続にあまり関心がない相続人や、関係性の悪い相続人が譲渡によって抜けることで、協議の円滑化が期待できます。
• 特定の人に相続分を譲渡できる:他の相続人だけでなく、被相続人の生前にお世話になった人や介護に尽力した人など、本来の相続人ではない第三者にも相続分を譲り渡すことが可能です。
• 相続手続きやトラブルから離脱できる:相続分の譲渡人は相続権を失うため、煩雑な相続手続きや、他の相続人との間で発生しやすい相続トラブルに巻き込まれる必要がなくなります。時間や労力の負担を軽減し、精神的な負担からも解放されるでしょう。
• 早期に金銭等を得られる可能性がある:有償で相続分を譲渡した場合、遺産分割協議が終了する前に金銭などの対価を受け取ることが可能です。遺産分割協議は長期化するケースも多いため、早期に現金化したい場合には有効な手段となり得ます。
2. デメリット
一方で、相続分の譲渡には以下のようなデメリットやリスクも伴います。
• 負債の支払義務が残る:前述の通り、相続分の譲渡を行っても、被相続人の借金などの可分債務の支払義務は残ります。多額の借金がある場合は、相続放棄を検討すべきです。
• 税金がかかる可能性がある:譲渡の形態(有償か無償か、譲受人が相続人か第三者か)によっては、相続税や贈与税、さらには譲渡所得税などが課される場合があります。この税金に関する問題は複雑であり、事前の確認が不可欠です。
• 第三者への譲渡の場合、遺産分割協議がまとまりにくくなる:相続人以外の第三者が協議に参加することで、家族間の話し合いがしづらくなり、遺産分割が難航する可能性があります。また、他の相続人から「相続分の取戻権」を行使されるリスクもあります。
• 「特別受益」とみなされるおそれがある:特に他の相続人への無償譲渡の場合、将来、譲渡人(親など)が死亡した際に、この譲渡が無償での生前贈与、つまり「特別受益」とみなされる可能性があります。その結果、譲渡人の相続時に、他の相続人との間で遺産の公平性を巡るトラブルに発展する可能性を秘めています。
• 手続きが煩雑になる場合がある:特に、第三者に相続分を譲渡した場合の預貯金の引き出しや不動産の登記手続きは、通常よりも複雑になりがちです。金融機関や法務局は慎重な対応を取るため、追加の書類を求められたり、時間と手間がかかることが予想されます。
6.相続分の譲渡と税金について
相続分の譲渡には、税金の問題が密接に関わってきます。譲渡の形態によって、課税される税金の種類や、誰に課税されるかが大きく異なります。主な4つのパターンと課税関係は以下の通りです。
1. 無償で相続人に譲渡する場合
• 譲渡人にかかる税金:なし 譲渡人は何も財産を取得しないため、課税されません。
• 譲受人にかかる税金:相続税 譲受人は相続分を無償で受け取り、遺産を相続したとみなされるため、その増加した相続分に対して相続税が課税されます。
2. 無償で相続人以外の第三者に譲渡する場合
このパターンでは、計算上、譲渡人が一旦遺産を相続し、その後に譲受人へ贈与した とみなされます。
• 譲渡人にかかる税金:相続税 譲渡人は一旦遺産を相続したとみなされるため、相続税が発生します。
• 譲受人にかかる税金:贈与税 譲受人は譲渡人から贈与を受けたとみなされるため、贈与税が課税されます。この場合、相続税と贈与税が二重に発生する可能性があるため、特に注意が必要です。
3. 有償で相続人に譲渡する場合
• 譲渡人にかかる税金:相続税 譲渡人は相続分の譲渡によって金銭などの対価を得るため、その対価に対して相続税が課税されます。
• 譲受人にかかる税金:相続税 譲受人は相続分を受け取り、かつ対価を支払うことで、その財産を取得したとみなされます。相続した遺産から支払った対価を差し引いた金額に対して相続税が課税されます。
4. 有償で相続人以外の第三者に譲渡する場合
• 譲渡人にかかる税金:相続税(場合によっては所得税も) 譲渡人は相続分の譲渡によって金銭を得るため、相続税が課税されます。また、相続財産に不動産など譲渡所得が生じる財産が含まれていた場合は、所得税(譲渡所得)が課税される可能性もあります。
• 譲受人にかかる税金:なし(ただし例外あり) 譲受人は対価を支払って相続分を取得するため、原則として贈与税は課税されません。しかし、支払った対価が、譲渡された相続分の価額と比較して著しく低い場合は、その差額について贈与税が課税される可能性があります。
税金に関する判断は非常に専門的であり、誤った申告はトラブルにつながる可能性があるため、必ず税理士や税務署などの専門機関に相談し、事前に確認を行う ことが重要です。
7.専門家への相談の重要性
相続分の譲渡は、譲渡人と譲受人の合意があれば成立し、特別な様式は不要とされますが、その内容を明確化し、後の手続きを円滑に進めるためには、「相続分譲渡証明書」を確実に作成しておくことが重要 です。また、他の相続人への「通知」も、混乱や紛争を防ぐために欠かせない配慮となります。
相続分の譲渡をご検討の方、または遺産分割協議について何らかの懸念がある場合は、専門家にご相談いただくことで、ご自身の状況に合わせた最適な選択肢を見つけ、安心して手続きを進めることができるでしょう。

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