「遺贈」と「相続」は、どちらも亡くなった方の財産を特定の人に引き継がせるという意味合いで使われますが、法律上の性質や手続き、そして税金面において決定的な違いがあります。
特に、遺言書を作成する際にこの二つの言葉を誤って使用すると、受け取る側が不利益を被ったり、手続きが複雑になったりする可能性があります。
この記事では、法律を専門としない方にもわかりやすく、遺贈と相続の基本的な違いから、手続き上の注意点、そして相続税に関する重要な留意点までを詳しく解説します。大切な財産をご自身の意志通りに、そして円滑に次世代へ引き継ぐための参考にしてください。
このページの目次
1.相続と遺贈の基本的な違い
相続と遺贈の最も大きな違いは、「誰が財産を受け取るのか」という財産を受け取る相手の範囲です。
1. 相続は法定相続人が対象
「相続」とは、民法で定められた法定相続人(配偶者、子、父母、兄弟姉妹など)が、亡くなった方(被相続人)の財産を包括的に承継することを指します。
相続においては、財産の権利だけでなく、借金などの負債(マイナスの財産)も原則として承継されます。遺言書がない場合でも、法定相続人が法律で定められた相続分に従って財産を引き継ぐことが可能です。
遺言書で法定相続人に対して財産を引き継がせる場合、「相続させる」という文言が使われます。この「相続させる」という表現は、遺産分割の方法を指定する法的意味合いを持ちます。
2. 遺贈は誰にでも財産を譲れる
「遺贈(いぞう)」とは、亡くなった方(遺言者)が遺言書によって、財産の一部または全てを無償で譲ることを意味します。遺贈を受ける人や団体を受遺者(じゅいしゃ)と呼びます。
遺贈の最大のポイントは、法定相続人以外の人や法人・団体にも財産を譲渡できる点です。
例えば、婚姻関係がない内縁の配偶者、養子縁組をしていない連れ子、法定相続人ではない孫や子の配偶者(長男の妻など)、あるいは、お世話になった友人、NPO法人、学校、地方自治体などに財産を遺したい場合に利用されます。
また、遺言書で法定相続人に対して財産を引き継がせる場合にも、「遺贈する」という言葉を使うことは可能です。ただし、後述する手続き上の煩雑さから、相続人に対しては「相続させる」という表現を使うことが推奨されています。遺贈は、法的には財産の無償譲渡とみなされます。
2.遺贈の2つの種類:包括遺贈と特定遺贈
遺贈には、財産の渡し方によって「包括遺贈(ほうかついぞう)」と「特定遺贈(とくていいぞう)」の2種類があります。この違いは、負債の承継や手続きに大きく影響するため、非常に重要です。
1. 包括遺贈(割合を指定する方法)
包括遺贈とは、遺産の全体または(遺産全体に対して)割合を指定して財産を譲る方法です。例として、「全財産の半分(2分の1)をAに遺贈する」といった指定が該当します。
包括受遺者は、その割合に応じて相続人と同一の権利と義務を持つことになります。したがって、借金やローンなどの負債(マイナスの財産)も割合に応じて承継する必要があるため、注意が必要です。
また、包括遺贈の場合、受遺者は他の相続人に交じって遺産分割協議に参加し、具体的にどの財産を取得するかを決める必要があります。
2. 特定遺贈(特定の財産を指定する方法)
特定遺贈とは、遺産の中から特定の財産を指定して譲る方法です。例として、「〇〇銀行の預金100万円をBさんに遺贈する」「甲土地をC団体に遺贈する」といった指定が該当します。
特定遺贈では、指定された財産のみを取得するため、原則として負債を引き継ぐ必要はありません。そのため、福祉団体やNPO法人など、法人が遺贈を受け入れる場合は、リスクを抑えられる特定遺贈として受け入れるケースがほとんどです。
3.手続き上の大きな違い(不動産登記を中心に)
遺贈と相続では、特に不動産(土地や建物)の名義変更を行う際の不動産登記手続きにおいて大きな違いが生じます。
1. 相続人に「相続させる」場合
遺言書で法定相続人に「相続させる」と記載されている場合、その財産を取得する相続人は単独で相続登記(所有権移転登記)を申請することができます。これにより、他の相続人全員の協力や署名・押印、印鑑証明書が不要となり、手続きをスムーズに進められます。
2. 相続人に「遺贈する」場合
かつては、相続人に「遺贈する」と記載されている場合、受遺者である相続人が単独で登記をすることができず、他の相続人全員との共同で手続きを進める必要がありました。しかし、令和5年4月1日の不動産登記法改正により、相続人に対する遺贈であれば、受遺者である相続人が単独で登記申請を行うことが可能になりました。
3. 相続人以外に「遺贈する」場合
遺言書で相続人ではない第三者や団体に「遺贈する」と記載されている場合は、原則として、受遺者(財産を取得する人)と法定相続人全員が共同で登記申請を行う必要があります。
ただし、遺言書で遺言執行者が指定されている場合は、受遺者と遺言執行者が共同で登記申請を行うことができます。このため、相続人以外へ遺贈する場合は、トラブルや手続きの煩雑さを避けるために、遺言執行者を指定しておくことが推奨されます。
4. 農地や借地権の承継
特定の権利を承継する際にも、相続と遺贈では違いがあります。
• 農地取得:農地を取得する際、通常は農業委員会(市町村に設置されている行政委員会)の許可が必要ですが、相続人が相続または遺言(相続させる/遺贈するのどちらでも)で取得する場合、許可は不要です。ただし、相続人以外への特定遺贈の場合は、原則として農業委員会の許可が必要となります。
• 借地権・借家権:借地権や借家権を承継する場合、地主や大家(賃貸人)の承諾が必要です。しかし、「相続させる遺言」による承継の場合は、包括的な権利承継とみなされるため、賃貸人の承諾は不要です。一方、遺贈の場合は、原則として賃貸人の承諾が必要となり、承諾料を請求されることもあります。
4.相続税と遺贈:税制面での注意点
遺贈も相続も、亡くなった方の財産を原因として財産を取得するため、原則として相続税の課税対象となります。ただし、遺贈の場合、特に受遺者が法定相続人以外であると、税制面で不利になる点がいくつかあります。
1. 基礎控除額の計算における違い
相続税には非課税枠である基礎控除が設けられています。基礎控除額は、「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」という計算式で算出されます。
この計算において、遺贈によって財産を受け取った人(受遺者)が法定相続人ではない場合、その受遺者は「法定相続人の数」には含まれません。
法定相続人以外の受遺者がいる場合、財産を受け取る人数が増えても基礎控除額は増えないため、結果的に課税対象となる遺産総額が大きくなる可能性があります。
2. 相続税の2割加算
遺贈によって財産を取得した人が、亡くなった方の配偶者や一親等の血族(子や父母)および代襲相続人となった孫以外である場合、その人が納めるべき相続税額が2割加算されます。
この2割加算は、祖父母や兄弟姉妹が相続人となる場合にも適用されます。例えば、長男の配偶者(お嫁さん)や、法定相続人ではないお孫さん、お世話になった友人などが遺贈を受けた場合、相続税が2割増しになるため、受遺者の税負担が大きくなることに注意が必要です。
3. その他の税金負担(不動産関連)
不動産を遺贈する場合、相続と比較して税負担が増加する可能性があります。
• 不動産取得税:相続で不動産を取得した場合は非課税ですが、相続人ではない人への特定遺贈によって不動産を取得した場合、地方税である不動産取得税が課税されます。
• 登録免許税:不動産の名義変更(登記)にかかる登録免許税の税率も異なります。相続の場合や法定相続人への遺贈の場合、不動産評価額の0.4%ですが、法定相続人以外への遺贈の場合、税率は2.0%と高くなります。
5.遺贈と相続放棄:負債を避けるための選択肢
包括遺贈の場合、受遺者は負債も承継するリスクがあるため、財産の受け取りを拒否する相続放棄(または遺贈の放棄)の選択肢も重要になります。
1. 包括遺贈の放棄
包括遺贈の受遺者は相続人と同じ権利義務を持つため、遺贈を放棄したい場合は、包括遺贈があったことを知った日から3か月以内に、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して遺贈放棄の申述書を提出しなければなりません。
この3か月の期間を過ぎてしまうと、原則として遺贈を承認したものとみなされます。負債が多い場合に包括遺贈を放棄することは、受遺者にとってのリスク回避手段となります。
2. 特定遺贈の放棄
特定遺贈の場合、財産を受け取らない意思を、遺言執行者や他の相続人などの遺贈義務者に対して意思表示すればよく、家庭裁判所での手続き(相続放棄の申述)は不要です。また、原則として放棄の期限も定められていません。ただし、利害関係者から催告を受けた場合、指定期間内に回答しないと承認したものとみなされるため、速やかな意思表示が求められます。
6.トラブルを避けるための最重要ポイント
遺贈は自由度の高い制度ですが、遺言者が亡くなった後に親族間で「争族」を招かないよう、細心の注意を払う必要があります。
1. 遺留分への配慮
遺留分とは、亡くなった方の兄弟姉妹を除く法定相続人(配偶者、子、父母など)に、法律上最低限保障されている遺産の取得分のことです。
遺言書の内容がこの遺留分を侵害している場合でも、その遺言自体が無効になるわけではありません。しかし、遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、遺贈を受けた受遺者に対して遺留分侵害額請求(金銭の請求)を行うことができます。これにより、受遺者と相続人の間でトラブルが発生し、遺言者の意思が完全に実現されない可能性があります。
トラブルを避けるためには、遺言書を作成する際に、遺留分権利者に遺留分相当額を相続させるなど、遺留分を侵害しないよう十分配慮することが重要です。
2. 遺言執行者の指定
遺贈を行う場合、遺言書の内容を確実に実行するために、遺言執行者を指定しておくことが強く推奨されます。
遺言執行者は、相続人全員の代理人として、遺贈された財産の登記や名義変更、預貯金の引き出しなどの手続きを単独で行う権限と義務を持ちます。遺言執行者を指定することで、相続人や受遺者の負担を軽減し、手続きの円滑化を図ることができます。
7.相続・遺言手続きでお悩みなら高野司法書士事務所へ
相続や遺贈に関する手続きは、非常に専門性が高く、一般の方がご自身で全てを円滑に進めるのは難しいのが現状です。
高野司法書士事務所は、相続・遺言手続きを専門としており、お客様の想いを汲み取り、法的に有効かつ将来のトラブルを未然に防ぐための遺言書作成サポートを得意としております。
• 煩雑な手続きをすべて代行:不動産の名義変更(相続登記)、遺言執行者のサポート、複雑な戸籍収集など、専門知識が必要な手続きを一貫してサポートいたします。
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神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。
