相続廃除とは?相続させない方法

「特定の相続人には財産を渡したくない」—このような切実な願いを抱く方は少なくありません。暴力を振るわれた、多額の借金を肩代わりさせられた、長年不貞行為を繰り返されたなど、相続人としての地位を剥奪したいと考えるほどの事情が生じることもあるでしょう。このような場合に検討されるのが「相続廃除」という制度です。

相続廃除は、その名のとおり、特定の相続人から相続する権利を剥奪する強力な制度であり、遺言書では変えられない遺留分まで失わせることが可能です。しかし、この制度は人の人生を大きく左右するため、その実現には高いハードルがあります。

この記事では、相続廃除の基本的な仕組みから、認められる要件、具体的な手続き方法、さらには代襲相続との関係や、相続廃除以外の相続させない方法まで、詳しく解説していきます。あなたの相続に関する不安を解消し、適切な判断を下すための一助となれば幸いです。

1.相続廃除とは:その定義と目的

相続廃除とは、遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者)に、被相続人(亡くなった方)に対して著しい問題行為があった場合に、被相続人の意思に基づいて、その推定相続人を相続から除外する制度です。民法第892条にその法的根拠が定められています。

この制度の目的は、単に相続権を失わせるだけでなく、被相続人の尊厳と権利を保護し、家族間の秩序を保つことにあります。相続廃除が認められると、被廃除者は相続財産を受け取ることができなくなり、遺留分も請求できなくなります。 なお、「はいじょ」という言葉には「排除」と「廃除」がありますが、相続の文脈では、法的な資格や権利の剥奪を意味する「廃除」が正しい表記です。

2.相続廃除の「要件」:どのような場合に認められるか

相続廃除は、相続人の重要な権利を奪うものであるため、家庭裁判所は非常に慎重に判断します。単に被相続人と相続人が不仲である、疎遠である、といった感情的な理由だけでは認められません。

民法で定められている相続廃除が認められる主な要件は、以下の3つです。

  • 被相続人に対する虐待:
    被相続人に対して一方的に暴力(殴る、蹴るなど)を加えたり、耐えがたい精神的苦痛を与え続けたりする行為です。介護が必要なのに世話をしなかったり、生活費を与えなかったりするケースも含まれます。
  • 被相続人に対する重大な侮辱:
    被相続人の名誉や感情を著しく害する行為を指します。例えば、被相続人に対する悪口や秘密を言いふらしたり、公然と人格を否定するような罵声を浴びせたりするなどが該当します。
  • その他の著しい非行:
    上記の虐待や重大な侮辱に匹敵する程度の行為で、必ずしも被相続人自身に向けられたものだけではありません。具体例としては、被相続人の財産を勝手に処分したり、犯罪行為を繰り返して有罪判決を受けたり、多額の借金を作り被相続人に肩代わりさせたり、長期間にわたる不貞行為によって被相続人を苦しめたりするなどが挙げられます。

これらの要件に該当するかどうかは、最終的に家庭裁判所が個別の事情を総合的に考慮して判断します。暴行による傷害の診断書や録音テープ、日記、具体的な出来事の記録など、客観的な証拠を豊富に準備することが不可欠です。

廃除の対象者

相続廃除の対象となるのは、遺留分を有する推定相続人のみです。具体的には、被相続人の配偶者、子(直系卑属)、父母(直系尊属)がこれに該当します。

一方で、被相続人の兄弟姉妹は遺留分が認められていないため、相続廃除の対象にはなりません。兄弟姉妹に財産を相続させたくない場合は、遺言書にその旨を明確に記載することで、相続権を制限することが可能です。

3.相続廃除の「手続き」:生前と遺言による方法

相続廃除を行うには、家庭裁判所への申し立てが必須です。手続き方法は大きく分けて2種類あります。

1. 生前廃除(被相続人自身が申し立てる方法)

2. 遺言廃除(被相続人の死後に遺言執行者が申し立てる方法)

1. 生前廃除の「手続き」

生前廃除は、被相続人が存命中に自ら家庭裁判所に相続廃除を申し立てる方法です。

手続きの流れ

1. 必要書類の準備: 「推定相続人廃除審判申立書」を家庭裁判所で入手し、記入します。被相続人の戸籍謄本、廃除したい推定相続人の戸籍謄本、相続廃除を裏付ける証拠資料(診断書、録音、記録など)を揃えます。手数料として800円分の収入印紙と郵便切手代が必要です。

2. 家庭裁判所への申し立て: 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に、上記の書類を提出します。

3. 審理と審判: 家庭裁判所は提出された書類と証拠に基づき審理を行い、申立人と推定相続人双方から意見を聞くこともあります(審問)。

4. 審判の確定と役所への届出: 相続廃除が認められ審判が確定したら、家庭裁判所から交付される審判書謄本と確定証明書を持って、10日以内に被相続人の戸籍がある市区町村役場に「推定相続人廃除届」を提出します。この届出により、推定相続人の戸籍に廃除された旨が記載され、相続廃除が完了します。

生前廃除は、被相続人自身が直接裁判所に意思を伝えられるため、遺言廃除よりも認められやすい傾向にあります。

2. 遺言廃除の「手続き」

遺言廃除は、被相続人の死後に相続廃除を手続きする方法です。被相続人は生前に、遺言書に相続廃除の意思と具体的な理由を明記し、その手続きを行う遺言執行者を指定しておく必要があります。

手続きの流れ

1. 遺言書の作成: 被相続人は、相続廃除したい推定相続人、廃除を希望する意思、具体的な廃除理由、そして遺言執行者を遺言書に明確に記載します。特に、廃除理由は具体的に記述し、客観的な証拠を裏付ける内容を盛り込むことが重要です。遺言書が無効とならないよう、公正証書遺言の作成が推奨されます。

2. 遺言執行者による申し立て: 被相続人の死亡後、指定された遺言執行者が、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続廃除を申し立てます。

3. 必要書類の準備: 遺言執行者は、申立書、被相続人の死亡が記載された戸籍謄本、廃除したい推定相続人の戸籍謄本、遺言書の写しまたは検認調書謄本の写し、遺言執行者選任の審判書謄本(家庭裁判所で選任された場合)などを準備します。手数料は生前廃除と同様です。

4. 審理、審判、役所への届出: 家庭裁判所での審理、審判の確定、そして市区町村役場への届出は、生前廃除の場合と同様の流れで進められます。

遺言廃除の場合、被相続人自身が裁判所に思いを直接伝えることができないため、遺言書の内容が特に重要になります。

4.相続廃除と「代襲相続」の関係性

相続廃除は、廃除された推定相続人本人の相続権を剥奪するものです。しかし、その効力は本人に限定され、代襲相続は依然として認められます。

つまり、相続廃除された推定相続人に子(被相続人の孫)がいる場合、その子が代襲相続人として、廃除された親に代わって相続する権利を持つことになります。この場合、たとえ被相続人が「廃除された相続人の家族にも財産を渡したくない」と考えていても、その理由だけでは代襲相続人を相続廃除することはできません。代襲相続人を相続廃除するためには、その代襲相続人自身が相続廃除の要件を満たす行為を被相続人に対して行っている必要があります。

5.相続廃除の取消し

一度認められた相続廃除も、被相続人の意思により取り消すことが可能です。例えば、廃除された相続人が改心し、被相続人との関係が修復された場合などが考えられます。

取り消しの手続きは、相続廃除の場合と同様に、被相続人自身が生前に家庭裁判所に申し立てるか、遺言書に取消しの意思を明記し、被相続人の死後に遺言執行者が申し立てるか、のいずれかの方法で行います。取り消しに特別な要件は定められておらず、被相続人の意思が尊重されます。取り消しが認められると、廃除された相続人は相続人としての地位と遺留分の権利を回復し、相続関係が元に戻ります。

6.相続廃除と相続欠格の違い

相続廃除と混同されやすい制度に「相続欠格」があります。両者は相続権を失わせる制度ですが、成立要件や手続きに大きな違いがあります。

比較項目相続廃除相続欠格
相続権を失わせる方法被相続人または遺言執行者による家庭裁判所への申し立てが必要特定の事由に該当した場合、法律上当然に相続権を失う(申し立て不要)
相続人の意思必要不要
遺留分なくなるなくなる
取り消しの可否可能不可
代襲相続可能可能
戸籍への記載有無ありなし
事由の重大性虐待、侮辱、著しい非行など被相続人殺害、遺言書偽造・隠匿など、より重大な犯罪行為

相続欠格は、相続に関する不正や犯罪行為(被相続人や他の相続人殺害、遺言書偽造・隠匿など)があった場合に、被相続人の意思とは関係なく、自動的に相続権が失われる制度です。

7.相続廃除が認められる確率

相続廃除は、相続人にとって非常に大切な権利を奪う手続きであるため、家庭裁判所は非常に厳格かつ慎重に審査します。このため、相続廃除が実際に認められる確率は決して高くありません。過去の司法統計によれば、相続廃除の申し立てが認められるのは約20%前後にとどまっています。

この低い認容率を考慮すると、相続廃除の申し立てを検討する際は、感情的にならず、客観的な事実に基づいた具体的な証拠を収集し、論理的に説明できる準備が非常に重要となります。

8.その他の相続させない方法

相続廃除は強力な手段ですが、相続させたくない相手が遺留分を持たない兄弟姉妹である場合や、相続廃除の要件を満たすほどの事由がない場合など、他の方法を検討することも有効です。

遺言書での指定: 遺言書に「相続させたくない相続人以外の者に財産を相続させる」と明確に記載することで、相続させたくない相続人の相続分をゼロにすることができます。ただし、遺留分を有する推定相続人については、その権利を完全に排除することはできません。遺留分を侵害された相続人は、他の相続人に対して遺留分侵害額請求を行うことができます。

生前贈与・死因贈与: 生前に特定の人物に財産を贈与したり、死因贈与契約を結んだりすることで、相続財産そのものを減らすことが可能です。しかし、相続開始前10年以内の贈与は、遺留分算定の基礎となる財産に加算される可能性があり、贈与税の負担も考慮する必要があります。

生命保険の活用: 生命保険の受取人を特定の人物に指定することで、死亡保険金をその人物に渡すことができます。死亡保険金は基本的に相続財産とはみなされないため、相続人間の遺留分の対象外となることが多いです。

離婚・離縁: 配偶者や養子に相続させたくない場合、相続廃除の前に離婚や離縁の手続きを検討することも有効です。これにより、法的に相続人としての関係が解消されます。

9.困ったら専門家にご相談ください

相続廃除を検討する際は、一時的な感情に流されず、事由の有無、客観的証拠の収集、手続きの正確さ、そして代襲相続の発生といった多角的な視点から慎重に判断することが求められます。相続は家族間の絆にも深く関わるデリケートな問題であるため、専門家と相談しながら、あなたにとって最適な相続対策を講じることを強くお勧めします。適切な準備と手続きを踏むことで、被相続人の意思を尊重した円満な相続の実現に近づくことができるでしょう。

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