任意後見制度のデメリットと後悔しないための対策

超高齢社会を迎えた日本において、認知症などにより判断能力が低下した際の財産管理や身上監護を事前に準備しておく任意後見制度の重要性が高まっています。この制度は、将来の判断能力低下に備えて、元気なうちに信頼できる人を任意後見受任者として選び、公正証書で契約を結んでおく制度です。

しかし、任意後見制度にはメリットがある一方で、デメリットやトラブルも存在します。制度を正しく理解し、後悔のない選択をするためには、これらのデメリットやトラブル事例を事前に把握しておくことが重要です。

本記事では、任意後見制度のデメリットと実際に発生しているトラブル事例について詳しく解説し、適切な対策についてもご紹介します。

1.任意後見制度の基本的な仕組み

任意後見制度は、将来の判断能力低下に備え、ご自身の意思で信頼できる人を任意後見人として指定し、財産管理や生活支援について事前に契約を結んでおく制度です。この契約は公正証書で作成することが義務付けられており、法務局に登記されます。契約の効力は、本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で初めて発生します。

任意後見人は、契約で定められた範囲内で本人の財産管理や身上監護(介護サービスの契約や医療の契約など)を行います。

2.任意後見制度の主なデメリット

任意後見制度には、以下のような複数のデメリットが存在します。これらを理解しておくことが、制度を有効に活用し、将来的な後悔を避けるために不可欠です。

1. 本人が行った契約の取消権がない

任意後見制度の最も大きなデメリットの一つが、任意後見人には取消権がないことです。

法定後見制度では、後見人等に取消権が付与されており、本人が行った不利益な契約等を取り消すことができます。しかし、任意後見人にはこの権限がありません。

これにより、以下のような問題が生じる可能性があります:

  • 本人の判断能力が低下していても、形式的に有効な契約として扱われてしまう
  • 悪質な業者による高額商品の押し売りがあっても、契約後は取り消せない
  • 詐欺的な投資話に騙されて契約してしまった場合の救済が困難

2. 開始時期の判断が困難

任意後見は、本人の判断能力が低下してから家庭裁判所に申し立てを行い、任意後見監督人が選任されることで開始されます。しかし、この「判断能力の低下」の判断が非常に困難な場合があります。

認知症の進行は段階的であり、「まだ大丈夫」「もう少し様子を見よう」と先延ばしにしているうちに、本人の判断能力がさらに低下してしまうケースがあります。逆に、早すぎる開始は本人の自己決定権を過度に制限することになりかねません。

3. 報酬の負担

任意後見が開始されると、任意後見人への報酬に加えて、任意後見監督人への報酬も発生します。この二重の報酬負担は、本人の経済状況によっては重い負担となる場合があります。

任意後見監督人の報酬は家庭裁判所が決定しますが、一般的に月額1万円から3万円程度とされています。任意後見人の報酬も契約で定めていた場合は、さらに負担が増えることになります。

4. 契約内容の変更が困難

公正証書で作成された任意後見契約の内容を変更するには、原則として新たな公正証書の作成が必要です。しかし、本人の判断能力が低下した後では、契約内容の変更は事実上不可能になります。後から契約に不足する項目に気づいたとしても、本人の判断能力が既に低下している場合、新たに任意後見契約を締結したり、契約内容を変更したりすることは困難です。

これにより、以下のような問題が生じる可能性があります:

  • 報酬額の見直しができない
  • 当初想定していなかった事態に柔軟に対応できない
  • 任意後見受任者の事情が変わっても、変更が困難

5. 認知症発症後は契約できない

任意後見契約を締結するには、契約者がその内容を理解し、自らの意思で合意できるだけの判断能力が必要とされます。認知症が進行し、意思能力が著しく低下してしまった場合、公正証書の作成時に公証人による意思確認で明確な意思表示が確認できなければ、契約の締結はほぼ不可能となり、制度の利用は認められません. この場合、法定後見制度の利用を検討することになります。

6. 発効した後の解約が難しい

任意後見制度は、一度任意後見監督人が選任され効力が発生すると、その終了が非常に厳しく制限されます。制度を終了するには、家庭裁判所の許可が必要であり、「正当な理由」が求められます。例えば、任意後見人が健康上の問題で任務を継続できなくなった場合などが正当な理由として考えられます. このように、一度始まった任意後見人の職務と任意後見監督人による監督は、原則として本人が亡くなるまで続くため、途中で関係が悪化した場合などに後悔する可能性があります。

3.トラブル事例に学ぶ

事例1:任意後見受任者の背任行為

概要 長年信頼していた友人を任意後見受任者として契約を締結していた70代女性のケース。判断能力の低下により任意後見が開始された後、任意後見人となった友人が本人の預金を私的に流用していることが発覚しました。

問題点

  • 任意後見監督人による監督が不十分だった
  • 本人の親族が遠方に住んでおり、状況把握が遅れた
  • 財産管理について具体的な制限を設けていなかった

教訓 任意後見受任者の選定は慎重に行い、監督体制についても十分に検討する必要があります。また、定期的な財産状況の報告体制を整備することが重要です。

事例2:家族間の対立

概要 80代男性が長男を任意後見受任者として契約を締結。後に任意後見が開始されたところ、他の兄弟から「長男だけが優遇されている」との不満が出て、家族間で深刻な対立が発生したケース。

問題点

  • 契約締結時に家族全体での話し合いが不十分だった
  • 他の相続人への説明と理解が得られていなかった
  • 任意後見受任者の権限範囲が曖昧だった

教訓 任意後見契約の締結にあたっては、家族全体での十分な話し合いと合意形成が必要です。また、契約内容について関係者全員が正しく理解することが重要です。

事例3:取消権がないことによる被害

概要 認知症の初期段階にある75歳女性が、訪問販売で高額な健康食品を購入する契約を締結。その後、任意後見契約に基づき任意後見が開始されたが、任意後見人には民法上の「取消権」が認められていないため、既に締結されていた不当な契約を取り消すことができなかったケース。

問題点

  • 任意後見開始のタイミングが遅く、契約締結後になってしまった
  • 任意後見人には取消権がなく、契約の取消しは家庭裁判所で法定後見(保佐・後見)に切り替えない限り困難であることへの理解不足
  • 本人を守るための見守り・日常的な支援体制が不十分だった

教訓 任意後見制度は本人の希望を尊重できる一方で、取消権がないという限界があることを理解しておく必要があります。判断能力の低下が見え始めたら早めに任意後見を発効させること、必要に応じて法定後見への移行も検討すること、また地域や家族による見守り体制を充実させることが重要です。

事例4:報酬をめぐるトラブル

概要 親族を任意後見受任者として無償の契約を締結していたケース。任意後見開始後、受任者から「思った以上に負担が重い」として報酬の請求がなされ、家族間でトラブルとなった事例。

問題点

  • 任意後見人の業務内容について十分な検討がなされていなかった
  • 報酬について事前の取り決めが曖昧だった
  • 業務の負担について現実的な見積もりができていなかった

教訓 たとえ親族間であっても、報酬については明確に取り決めておくことが重要です。また、任意後見人の業務内容と負担について現実的に検討することが必要です。

4.トラブルを避けるための対策

1. 慎重な任意後見受任者の選定

任意後見受任者の選定は、制度の成功を左右する最も重要な要素です。以下の点を考慮して選定することが重要です:

  • 信頼関係:長期間にわたって信頼できる人物であること
  • 能力:財産管理や身上監護に必要な能力を有していること
  • 継続性:長期間にわたって職務を継続できること
  • 利害関係:本人と利害が対立する可能性が低いこと

2. 複数の任意後見受任者の検討

一人の任意後見受任者に全てを委ねるのではなく、以下のような方法も検討しましょう:

  • 複数人による共同受任
  • 専門家と親族の組み合わせ

3. 契約内容の詳細な検討

公正証書作成前に、以下の点について詳細に検討し、明確に定めておくことが重要です:

  • 任意後見人の権限の範囲
  • 報酬の有無と金額
  • 財産管理の方法
  • 身上監護の内容
  • 定期報告の方法

4. 家族全体での合意形成

任意後見契約は本人の意思により締結するものですが、将来的なトラブルを避けるためには、家族全体での理解と合意を得ておくことが重要です。

5. 専門家の活用

司法書士や弁護士などの専門家に相談し、以下の支援を受けることを検討しましょう:

  • 制度の詳細な説明
  • 契約内容の検討
  • 公正証書作成の支援

6. 定期的な見直し

任意後見契約締結後も、定期的に以下の点を見直すことが重要です:

  • 財産状況の変化
  • 任意後見受任者の状況
  • 本人の健康状態
  • 家族関係の変化

5.任意後見制度と他制度の併用による対策

任意後見制度のデメリットを補い、より包括的な対策を講じるためには、他の制度との併用を検討することが有効です。

1. 家族信託との併用

家族信託は、本人の判断能力が低下する前に信託契約を結び、信頼できる家族に特定の財産管理を任せる仕組みです. 家族信託は財産管理の迅速性と柔軟性に優れており、任意後見制度では難しいとされる積極的な資産運用や、家庭裁判所の許可なしでの不動産売却も可能な場合があります.。また、任意後見監督人のような公的な監督が原則として不要であるため、月々のランニングコストを抑えられるというメリットもあります。

しかし、家族信託はあくまで財産管理が目的であり、本人の生活や介護サービスのアレンジといった身上監護の機能は持っていません.。そこで、身上監護に強みを持つ任意後見制度と、財産管理の柔軟性に優れる家族信託を併用することで、両者のメリットを活かした万全な体制を築くことが可能です。

2. 財産管理委任契約・見守り契約

任意後見契約は、公正証書作成後も本人の判断能力が低下し、任意後見監督人が選任されるまでは効力が生じません。この「空白期間」の支援をカバーするために、「財産管理委任契約(任意代理契約)」や「見守り契約」を同時に締結することが有効です.

財産管理委任契約: 判断能力があるうちから、財産管理や身上監護に関する事務手続きを特定の人物に委任する契約です.

見守り契約: 任意後見契約締結後から効力発生までの間、定期的な訪問や電話で本人とコミュニケーションを取り、判断能力の変化に気づきやすくするための契約です.

3. 死後事務委任契約

任意後見制度は本人の死亡と同時に終了するため、葬儀や埋葬、遺品整理といった死後の事務処理は任意後見人の職務範囲外です. これを補完するためには、「死後事務委任契約」を別途締結しておくことが必要です.。これにより、ご自身の意思に沿った形で死後の事務を信頼できる人に託すことができます。

6.専門家へご相談ください

任意後見制度は、ご自身の意思を尊重し、将来の不安に備えるための強力な選択肢です。公正証書による契約と登記を通じて、任意後見受任者をご自身で指名し、支援内容を自由に設計できるという大きなメリットがあります。

しかし、取消権がないこと、任意後見監督人への報酬を含む費用負担、そして一度開始すると解約が難しいことなど、多くのデメリットも存在します。これらのデメリットを理解せず制度を利用すると、将来的なトラブルや後悔に繋がる可能性があります。

最適な対策は、ご自身の状況や希望を十分に考慮し、任意後見制度の持つ強みと弱みを理解した上で、必要に応じて家族信託や「見守り契約」「財産管理委任契約」「死後事務委任契約」といった他の制度を組み合わせることです。

ご自身にとってどのような対策が最も適しているか、また具体的な手続きや契約内容について不明な点があれば、専門家への相談を検討することをお勧めします.。専門家は、ご家族の状況に応じた最適なプランを提案し、将来の安心をサポートしてくれるでしょう。

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