相続対策や生前贈与を検討する際に、必ずといってよいほど耳にするのが「相続時精算課税制度」という言葉です。この制度は、60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫への贈与について、2,500万円までの贈与であれば贈与税を非課税とし、相続時に精算するという特別な税制措置です。
通常の贈与では、年間110万円を超えると贈与税が発生しますが、相続時精算課税制度を選択することで、より大きな金額を非課税で贈与できるメリットがあります。その一方で、この制度を一度選択すると、「暦年課税(年間110万円非課税)」には戻れないなどの注意点も多く、使い方を誤ると後々の相続税計算に不利になることもあります。
また、2024年の税制改正により、制度の柔軟性が増す一方で、適用判断がより難しくなったという側面もあります。この記事では、制度の基本から、2024年改正の影響、具体的な活用方法、注意点までをわかりやすく解説し、相続対策としてこの制度を取り入れるべきかどうかを考える手助けとなる情報を提供します。
このページの目次
1.制度の仕組みと適用対象
相続時精算課税制度は、将来の相続を見越して、生前のうちにまとまった財産を子や孫に贈与したいと考える方に向けた特例制度です。その根底にあるのは、「生前に渡した財産については、いったん贈与税を軽くしておき、最終的には相続時に精算しましょう」という考え方です。
■ 制度の基本的な仕組み
相続時精算課税制度の概要は以下のとおりです。
内容 | 詳細 |
---|---|
適用対象者(贈与者) | 60歳以上の父母または祖父母 |
適用対象者(受贈者) | 18歳以上の子または孫(贈与年の1月1日時点) |
非課税限度額 | 2,500万円(贈与総額で) |
超過分の税率 | 一律20%の贈与税が課税 |
精算方法 | 贈与時に非課税枠を適用し、相続時に相続財産として合算(相続税で清算) |
申告義務 | 贈与年の翌年3月15日までに「相続時精算課税選択届出書」と申告書を税務署に提出 |
この制度を一度選択すると、同じ贈与者からの贈与については今後すべて相続時精算課税が適用され、暦年課税(年間110万円の非課税枠)には戻れなくなります。この「不可逆性」が制度の大きな特徴であり、慎重な判断が求められる理由のひとつです。
■ 制度を利用した贈与の具体例
例えば、70歳の父親が30歳の息子に対して、現金2,500万円を一括で贈与した場合を考えてみましょう。
- 相続時精算課税制度を適用すれば、この贈与に対して贈与税はゼロ。
- ただし、その父が亡くなった際には、過去に贈与した2,500万円を遺産総額に合算して相続税を計算します。
- 結果として、生前贈与を早めに行うことで、資産移転のタイミングを自由に設計できるという利点があります。
2.相続時精算課税制度の主なメリット
相続時精算課税制度は、特に資産家や生前贈与を積極的に検討している方にとって、非常に有効な制度です。この章では、制度を利用することで得られる主なメリットを詳しく解説します。
1. まとまった額の贈与が非課税で可能
相続時精算課税制度では、2,500万円までの贈与が非課税となります。通常の暦年課税制度では、年間110万円までしか非課税にならないため、短期間でまとまった財産を子や孫に移転したい場合には、大きな節税効果を期待できます。
また、この2,500万円の非課税枠は一人の受贈者につき適用されるため、複数の子どもや孫に対してそれぞれ非課税枠を活用することも可能です。
2. 将来の相続対策として活用できる
高齢になってからの相続よりも、早期に資産を移転することで、相続人の生活設計に役立てることができます。たとえば、住宅購入資金や教育資金、開業資金など、子や孫のライフイベントに応じて柔軟に資金援助が可能です。
また、早期に贈与を行うことで、将来的な財産増加(不動産価格や株価の上昇など)に伴う相続税リスクを抑える効果もあります。
3. 不動産や株式など、将来的な値上がりが予想される財産の移転に有利
特に、値上がりが見込まれる不動産や株式などを、相続時精算課税を使って評価額が低いうちに贈与しておくことで、将来の相続時に課税対象として再評価される際の影響を軽減できます。
なお、相続時の評価は「贈与時の時価」で固定されるため、贈与後に資産が値上がりしても、それが相続税額に反映されない点は大きなメリットです。
4. 贈与した財産を生前に確実に渡すことができる
相続では、すべての相続人に法定相続分の権利があるため、遺産分割協議の際に争いが生じることがあります。相続時精算課税制度を活用することで、生前に特定の相続人に財産を明確に移転できるため、後々の「争族」リスクを回避する効果が期待できます。
5. 教育資金や住宅取得資金の特例と併用できる場合がある
相続時精算課税制度は、一定の条件のもとで、教育資金の一括贈与や住宅取得資金の非課税制度と併用可能です。これにより、より大きな資金を、税負担を抑えつつ移転できる柔軟性があります。
たとえば、住宅取得等資金贈与の特例と併用し、相続時精算課税を選択することで、将来のマイホーム取得に向けた強力な支援が可能です。
3.相続時精算課税制度のデメリットと注意点
相続時精算課税制度には多くのメリットがある一方で、利用にあたっては慎重な判断が必要です。一度選択すると変更できない制度であるため、以下のデメリットや注意点を理解したうえで活用することが重要です。
1. 一度選択すると暦年課税制度に戻せない
この制度は「選択制」であり、申請によって適用を受けることができますが、一度選択すると、その後は一生にわたって暦年課税制度に戻すことはできません。
つまり、毎年110万円までの非課税枠を活用した暦年贈与による節税は、今後利用できなくなるということです。
2. 贈与税がかからなくても、相続税の負担が重くなることがある
相続時精算課税制度では、2,500万円までの贈与が非課税となりますが、贈与財産はすべて相続時に「相続財産」として合算されて課税対象となります。
そのため、制度利用によって相続財産が増加し、結果的に相続税の総額が増えるケースもあります。節税目的でこの制度を使う場合は、相続時の税負担もシミュレーションすることが欠かせません。
3. 相続税対策にならないケースもある
贈与財産が不動産や株式などで、その後の価格が下落してしまった場合でも、相続時には贈与時の評価額で課税されるため、実際の価値よりも高い課税額となってしまうおそれがあります。
つまり、贈与後に資産が値下がりした場合、「時価よりも高く評価されて税金を多く払う」という逆転現象が生じるリスクがあるのです。
4. 小規模宅地等の特例など、一部の相続税軽減措置が受けられないことも
相続税の計算では、「小規模宅地等の特例」などの軽減措置が用意されていますが、この特例は生前贈与された財産には適用されないため、相続時精算課税制度によって自宅や賃貸物件を贈与してしまうと、将来的に本来受けられたはずの特例が使えず、結果として税負担が増加する可能性があります。
不動産の贈与を検討している場合は、必ず特例の適用可否を確認しましょう。
5. 申告手続きが煩雑で、税理士のサポートが必要になることも
相続時精算課税制度を利用するには、贈与税の申告が必要です。
また、相続が発生した際には、それまでの贈与をすべて相続財産として計上し、相続税の申告書に反映させなければなりません。そのため、制度を適切に活用するには税理士など専門家の継続的なサポートがほぼ不可欠です。
4.2024年税制改正に伴う変更点と影響
2024年に実施された税制改正は、生前贈与をめぐる制度設計に大きな影響を与えました。相続時精算課税制度も例外ではなく、今回の改正をきっかけに、これまで敬遠されがちだったこの制度が、より使いやすく、選択肢として現実的な制度へと変貌を遂げつつあります。
以下では、2024年の主な改正内容とその影響について詳しく解説します。
1. 相続時精算課税制度における「年110万円の非課税枠」の創設
これまで、相続時精算課税制度を利用した贈与は、2,500万円まで非課税だが、1円でも超えると全額が課税対象となり、また暦年課税のような毎年の非課税枠(110万円)は使えないという特徴がありました。
しかし、2024年の改正により、次の点が大きく変わりました:
年110万円までの贈与については申告不要で非課税扱いに。
これにより、相続時精算課税制度を選択しても、毎年少額の贈与については非課税枠を活用できるようになったのです。
この変更は、「今すぐ多額の贈与は考えていないが、将来の相続に備えて少しずつ資産を移転しておきたい」と考える家庭にとって非常に有効です。
2. 暦年課税制度にも見直しが入った
同じ2024年改正で、暦年課税制度にも変更がありました。これまでは「相続前3年以内の贈与は相続財産に加算される」というルールでしたが、これが「7年以内」に延長されました。
これにより、長期的な贈与計画に制限がかかるようになったため、税務上の選択肢として相続時精算課税制度を検討する人が増える可能性があります。
3. 実務上の影響と対応の必要性
今回の改正によって、相続時精算課税制度は暦年課税と併用できる部分を持つ柔軟な制度へと変わりましたが、どちらが有利かは家族構成・資産内容・相続時期の見通しなどによって大きく異なります。
特に、不動産を贈与したい場合や、後に相続が発生したときの税負担まで見据える必要があるため、制度改正の内容をふまえた専門的な判断が欠かせません。
4. 改正の恩恵を最大限に受けるためには
制度改正によって可能性が広がったとはいえ、すべての人にとって有利になるとは限りません。
適切な活用のためには、以下のような対策が必要です:
- 相続税の試算とシミュレーションを行う
- 不動産や株式などの資産ごとに贈与方法を検討する
- 他の相続人とのバランスにも配慮する
- 必要に応じて、税理士や司法書士などと連携して対策を練る
特に、新たに110万円の非課税枠が設けられたことで、「少額贈与+制度の活用」という柔軟な戦略が可能になった点は、非常に重要なポイントです。
5.相続時精算課税制度の利用に向いている人・向いていない人
相続時精算課税制度は、特定の条件に当てはまる方には非常に有効ですが、すべての方にとって最適な制度とは限りません。ここでは、制度を積極的に活用すべき「向いている人」と、慎重な判断が求められる「向いていない人」の特徴について解説します。
1. 向いている人の特徴
(1)相続税が発生する可能性が高い人
将来的に相続税が課税される見込みがある家庭では、早めに資産を移転することで節税対策を講じることができます。特に、不動産や株式など、将来的に値上がりが見込まれる資産を早期に贈与することで、その評価額を抑える効果が期待できます。
(2)不動産を早めに引き継がせたい人
親が高齢となり、子どもに自宅や賃貸物件などを早めに管理・活用させたいケースでは、贈与による名義変更が必要となるため、相続時精算課税制度を使えば、2,500万円まで非課税で贈与が可能です。しかも、2024年改正で110万円の年次非課税枠も使えるようになり、より柔軟な対応が可能となりました。
(3)相続人が一人である場合
相続人が一人しかいない場合、将来的な遺産分割のトラブルが起こりにくいため、大きな財産を一括で贈与しても安心です。特に、親子間で信頼関係が厚く、「早めに財産を譲りたい」「子が家業を継ぐ予定」といったケースでは、制度の活用価値が高まります。
2. 向いていない人の特徴
(1)相続税が発生しない家庭
もともと相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)以下の財産しかない場合、無理に制度を使うと逆に手間やコストが増えてしまう恐れがあります。申告義務が毎年発生するなど、煩雑な手続きに見合った効果が得られにくいため注意が必要です。
(2)相続人が複数いて関係が複雑な場合
複数の相続人がいて、特定の人だけに生前贈与を行うと、相続時に「特別受益」としてトラブルの火種になることがあります。公平な資産配分が困難な家庭では、かえって紛争を招く恐れがあるため、慎重に判断すべきです。
(3)将来の資産状況や家族関係に不安がある人
相続時精算課税制度を選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年課税に戻すことができません(制度の変更不可)。将来、状況が変わって別の方法に切り替えたくてもできなくなるリスクがあります。そのため、家族関係が流動的だったり、相続財産の見通しが不透明な場合には向いていないといえるでしょう。
6.相続時精算課税制度を利用する際の具体的な流れ
相続時精算課税制度は、「贈与税の特例」として非常に強力な制度ですが、利用には所定の手続きが必要です。この章では、制度を実際に利用する際のステップを時系列に沿って解説します。
1. 贈与者・受贈者の要件確認
まず制度の利用には、贈与者が60歳以上の父母または祖父母であること、受贈者が18歳以上の子または孫であること(2023年4月以降の基準)が必要です。
2. 贈与の意思確認と贈与契約書の作成
制度を利用するためには、まず贈与を実行する必要があります。
- 贈与財産の種類や評価額を確認
- 贈与契約書(書面)を作成
- 財産の移転(例:預金の振込や不動産の名義変更など)
※贈与契約書の作成は法的トラブルを防ぐうえでも重要です。
3. 相続時精算課税の届出
贈与を受けた年の翌年3月15日までに、所轄の税務署に「相続時精算課税選択届出書」を提出します。初回に限り提出が必要で、以後は提出不要です。
同時に、「贈与税の申告書」も提出する必要があります。
必要書類:
- 相続時精算課税選択届出書
- 贈与税の申告書
- 贈与契約書の写し
- 財産の評価明細書 など
※翌年以降も年間110万円を超える贈与があった場合は、贈与税の確定申告が必要となります。
※一度この制度を選択すると、撤回はできません。
4. 贈与税の納税(必要な場合)
2,500万円を超えた分の贈与については、20%の税率で贈与税を納付します。
例:3,000万円を贈与 →
3,000万円-2,500万円=500万円
→ 500万円×20%=100万円が贈与税
※納税期限は贈与を受けた翌年3月15日まで。
5. 相続発生時の手続き(精算)
贈与者が亡くなり相続が発生した時点で、「贈与財産」を含めて相続税を計算します。
- 贈与分は「贈与時の評価額」で相続財産に加算
- 相続税の総額を算出
- 既に納付した贈与税額は相続税額から控除可
- 贈与税の方が多かった場合は還付されることもある
このように、相続時精算課税制度の利用には贈与時・申告時・相続時と段階的な手続きが伴います。ミスや漏れがあると、税務署から修正を求められたり、加算税が課される可能性もあるため、専門家に相談することが非常に重要です。
7.専門家と一緒に、最適な資産承継計画を
相続時精算課税制度は、賢く使えば大きな節税効果をもたらし、また親子間の信頼関係に基づいたスムーズな資産承継を実現するための有力な手段です。しかし、その一方で「制度をよく理解せずに利用してしまったことでかえって不利になってしまった」という失敗例も少なくありません。
当事務所では、相続・贈与に精通した司法書士が、生前贈与から相続発生後までを一貫してサポートいたします。また、提携する相続税専門の税理士と連携することで、税務面も含めたトータルなご提案が可能です。
「この制度を使うべきかどうか分からない」「贈与と相続、どちらが得か判断がつかない」といったお悩みがある方は、ぜひ一度ご相談ください。横浜市青葉区を中心に、都筑区・緑区・町田市など近隣地域の皆様からも多数のご相談をいただいております。