生前に遺留分放棄をする方法

相続は、時に複雑な人間関係や財産の問題を引き起こします。特に、ご自身の死後に特定の人物に財産を集中させたい、あるいは将来の相続トラブルを避けたいと考える場合、相続人予定者による「遺留分の放棄」を家庭裁判所で申し立てることが有効な手段となり得ます。本記事では、遺留分放棄の基本的な概念から、その手続き、メリット、そして注意点について詳しく解説します。

1.遺留分とは何か

まず、遺留分について理解を深めましょう。遺留分とは、法律によって一部の相続人に対して最低限保障されている遺産の取得割合のことです。これは、故人の遺言によって財産が特定の相続人に集中させられたとしても、残された家族の生活保障や相続への期待を保護するために認められている強い権利です。

遺留分が認められるのは、配偶者、子(代襲相続人を含む孫など)、および直系尊属(父母や祖父母)です。一方で、故人の兄弟姉妹には遺留分は認められていません。

遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は「遺留分侵害額請求」を行うことで、侵害された遺留分に相当する金銭を取り戻すことができます。

2.遺留分放棄とは

遺留分放棄とは、遺留分を持つ相続人が、自身の遺留分の権利を自ら手放すことを指します。この放棄により、その相続人は遺留分侵害額請求を行うことができなくなります。遺留分放棄は、被相続人の生前でも死後でも行うことが可能です。

3.遺留分放棄と相続放棄の違い

「放棄」という言葉が含まれるため混同されがちですが、遺留分放棄と相続放棄は全く異なる制度です。主な違いは以下の通りです。

放棄の対象:

    ◦ 相続放棄は、相続人が相続人としての地位そのものを放棄し、故人の資産も債務も一切承継しないことを表明します。これにより、最初から相続人ではなかったものとみなされます。

    ◦ 遺留分放棄は、あくまで遺留分を請求する権利を手放す行為であり、相続権そのものを失うわけではありません。遺留分を放棄しても、相続人としての地位は維持され、遺言や遺産分割協議によって財産を相続する可能性が残ります。

手続きの時期:

    ◦ 相続放棄は、故人の死後、「自己のために相続があったことを知ったとき」から原則3か月以内に家庭裁判所に申述する必要があります。生前の相続放棄は法律上認められていません

    ◦ 遺留分放棄は、故人の生前でも死後でも可能です。ただし、生前に行う場合は家庭裁判所の許可が必須となります。

他の相続人への影響:

    ◦ 相続放棄があった場合、放棄した相続人の相続分は他の相続人に割り振られるため、他の相続人の法定相続分が増加する可能性があります。

    ◦ 遺留分放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼしません。放棄によって生じた部分は、被相続人が自由に処分できる財産に組み込まれます。

4.生前に遺留分放棄をする方法手続き必要書類

故人の生前に遺留分を放棄する場合、家庭裁判所の許可が必須です(民法1049条1項)。家族間での私的な合意書念書だけでは、法的な効力は生じません。これは、相続人になる方が不当な圧力により意思に反して権利を放棄することを防ぐための措置です。

手続きの流れ

1. 申立人の準備: 遺留分を放棄する相続人自身が申立人となります。

2. 申立先の家庭裁判所: 故人となる予定の人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てを行います。

3. 必要書類の提出: 以下の必要書類を揃えて提出します。

  • 遺留分放棄の許可申立書
  • 故人となる人の戸籍謄本(全部事項証明書)
  • 申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)
  • 財産目録(不動産、現金、預貯金、株式など)
  • 申立手数料として収入印紙800円分
  • 連絡用郵便切手(金額は裁判所によって異なります)

4. 家庭裁判所による審査(審問): 申立書が受理されると、まず裁判所から「照会書」が送付されるのが一般的です。申立人は、遺留分放棄に至った経緯や相続財産の状況、放棄が真意によるものかなどについて、書面で回答します。その内容を確認したうえで、裁判所がさらに詳しい事情を把握する必要があると判断した場合には、審問期日が指定され、裁判官との面談が行われます。

5.遺留分放棄の許可基準

家庭裁判所が遺留分放棄を許可するにあたっては、以下の点が重視されます。

申立人の自由意思に基づくこと: 他者からの不当な干渉や強要がないか。

放棄理由の合理性・必要性: 財産の散逸防止、不動産の細分化回避、遺産紛争の回避、事業承継など、合理的な理由があるか。

代償の有無: 遺留分放棄の代償として、相当な財産の生前贈与や特別な利益が申立人に与えられているか。

これらの基準を満たさない場合、申し立ては却下される可能性があります。

6.念書(合意書)の書き方

故人の生前における遺留分放棄については、前述の通り、家庭裁判所の許可が必須であり、念書合意書に法的効力はありません。

一方で、故人の死後に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可は不要です。この場合、遺留分侵害額請求を行わない意思を相手方に伝えることで放棄したことになります。口頭でも有効ですが、後々のトラブルを防ぐために、遺留分放棄の念書合意書を作成し、書面で意思表示をすることが一般的です。

念書を作成する際は、以下の点を明確に記載しましょう。

  • 念書の内容: 遺留分を放棄する旨と、対象となる被相続人を特定する情報(氏名など)を明記します。
  • 作成年月日: 念書を作成した日付を記載します。
  • 作成者の情報: 遺留分を放棄する遺留分権利者本人の氏名、住所、署名捺印が必要です。

念書の書式は、パソコンで作成したものを利用し、日付や署名捺印を自筆で行う方法でも構いませんし、全文を手書きで作成しても問題ありません。

7.遺留分放棄のメリット

生前に遺留分放棄を行うことには、いくつかのメリットがあります。

遺言通りの円滑な相続を実現できる: 特定の人物に財産を集中させたい場合、他の相続人に遺留分放棄をしてもらえれば、故人の希望通りの遺言をトラブルなく実現できます。特に、事業承継で会社の株式や不動産を後継者に集中させたい場合などに有効です。

相続トラブルを未然に防げる: 遺言の内容に不満を持つ相続人が遺留分侵害額請求を行うことで、親族間で深刻な争いが生じることがあります。事前に遺留分放棄が合意されていれば、これらのトラブルを回避し、円満な相続に繋がります。

8.遺留分放棄の注意点

遺留分放棄は重要な権利を放棄する行為であるため、いくつかの注意点があります。

原則として撤回が難しい: 一度家庭裁判所の許可を得て遺留分放棄が認められると、原則として撤回や取り消しはできません。例外的に、許可審判当時の事情が大きく変化し、客観的に放棄を継続させることが不合理と認められる場合のみ、取り消しが認められることがあります。

負債の相続は回避できない: 遺留分を放棄しても、相続人としての地位を失うわけではないため、故人に借金などの負債があった場合、その債務を相続する義務は残ります。負債の承継を免れたい場合は、別途相続放棄の手続きが必要です。

他の相続人の遺留分は増えない: 共同相続人の一人が遺留分を放棄しても、他の相続人の遺留分が増加することはありません。放棄された部分は、故人が自由に処分できる財産となります。

代償の検討: 生前に遺留分放棄をしてもらう場合、家庭裁判所の許可を得るには、放棄する相続人の自由意思が尊重されていることが大前提となります。そのうえで、代償として生前贈与や借金の肩代わりなどが行われているかどうかは、裁判所が許可を判断する際の重要な要素とされています。

遺言書の重要性: 遺留分放棄が行われても、遺言書がなければ、放棄した相続人は依然として法定相続分に基づいて遺産分割協議に参加する権利を持ちます。故人の意図通りの財産配分を実現するためには、遺留分放棄と合わせて公正証書遺言などの遺言書を作成しておくことが強く推奨されます。

未成年者の放棄: 未成年者が遺留分を放棄する場合、法定代理人(親権者など)の同意が必要です。もし未成年者と法定代理人との間で利益が相反する状況であれば、特別代理人の選任が必要となります。

9.遺留分放棄した相続人に財産を残す方法

遺留分を放棄した相続人に対しても、故人が何らかの財産を残したいと考える場合があるでしょう。そのような時には、以下の方法が考えられます。

遺言書を活用する: 遺言書によって、遺留分を放棄した相続人に対しても財産を指定して残すことが可能です。特に公正証書遺言は、その確実性から推奨されます。

生命保険を活用する: 生命保険の死亡保険金は、原則として相続財産に含まれないため、指定された受取人が全額を受け取ることができます。遺留分を放棄した相続人を受取人に指定すれば、確実に財産を渡すことが可能です。

生前贈与を行う: 故人が亡くなる前に、相続人へ財産を贈与しておく方法です。贈与税の基礎控除などを活用することで、計画的に財産を移転することができます。

10.専門家にご相談ください

生前における遺留分放棄は、故人の意思を尊重した円滑な相続を実現し、将来の相続トラブルを避けるための有効な手段です。しかし、家庭裁判所の厳格な手続きと許可が必要であり、一度放棄すると原則として撤回できないなど、慎重な検討が求められます。

遺留分放棄を検討する際は、ご自身の財産状況や家族関係を総合的に考慮し、後悔のない選択をすることが大切です。特に複雑な事情がある場合などは、相続問題に詳しい専門家にご相談いただくことをお勧めします。

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