相続手続きが完了する前に、相続人の一人が亡くなってしまうという、予期せぬ事態が発生することがあります。このような「続けて発生した相続」を数次相続と呼びます。数次相続は通常の相続に比べて手続きが非常に煩雑になり、複雑な知識が求められます。
本記事では、数次相続の基本的な概念から、特に重要となる遺産分割協議の進め方、そして遺産分割協議書の適切な書き方や記載例、さらには相続登記や相続税申告における注意点まで、数次相続に直面した際に役立つ実践的な情報をご紹介します。
このページの目次
1.数次相続とは?
数次相続とは、最初の相続(一次相続)が発生し、その遺産分割協議の手続きが完了しないうちに、その一次相続の相続人が亡くなり、次の相続(二次相続)が開始してしまう状況を指します。
例えば、祖父が亡くなり(一次相続)、その遺産分割協議を始める前に、祖父の相続人である父も亡くなってしまった(二次相続)といったケースが典型的です。この場合、父が相続するはずだった祖父の遺産の取り分は、父の相続人、つまり二次相続の相続人(例:母、子)が引き継ぐことになります。
数次相続と混同されやすいものに、「代襲相続」や「再転相続」があります。それぞれの違いを理解することが重要です。
• 代襲相続:被相続人が亡くなる「前」に、本来の相続人(子や兄弟姉妹)がすでに亡くなっていたり、相続権を失っていたりする場合に、その相続人の子どもなどが代わりに相続することです。代襲相続では、亡くなった相続人の配偶者は相続人にはなりません。
• 再転相続:最初の相続の「熟慮期間」(相続放棄や限定承認ができる期間。原則として、自己のために相続があったことを知った日から3ヶ月)が経過する「前」に、次の相続が発生することです。
• 数次相続:最初の相続の「遺産分割」が終わる「前」に、次の相続が発生することです。
数次相続が発生すると、最初の相続の遺産分割協議には二次相続の相続人も加わるため、関係者の数が大幅に増え、話し合いがまとまりにくくなる傾向があります。また、相続が三度、四度と連鎖する可能性もあり、放置するとさらに複雑化し、収拾がつかなくなる事態に陥ることも少なくありません。そのため、数次相続は早期に対処することが非常に重要です.
2.数次相続における手続きの進め方と特有の注意点
数次相続が発生した場合、通常の相続手続きに加えて、いくつかの特有の手続きや注意点があります。
相続人調査
数次相続では、一次相続の相続人と二次相続の相続人の全員を正確に確定することが第一歩です。これには、それぞれの被相続人について、出生から死亡までの連続した戸籍謄本を全て取得する必要があります。
一次相続の被相続人の相続人であったが、その後に亡くなった相続人(二次相続の被相続人)の相続分は、二次相続の相続人が引き継ぎます。例えば、祖父の相続人が父と叔父で、遺産分割前に父が亡くなり、父の相続人が母、長男、長女である場合、祖父の相続人は祖母、叔父、そして父の代わりに母、長男、長女の計5人になります。この際、母、長男、長女は父の相続分をそのまま引き継ぐ立場であるため、個々の法定相続割合が増えるわけではなく、父の相続分(例えば1/4)を彼らの中で分け合うことになります。
遺産分割協議
数次相続における遺産分割協議は、一次相続の被相続人だけでなく、二次相続の被相続人(一次相続の相続人)に関する遺産も含めて行われることになります。一次相続の遺産分割協議には、二次相続の相続人全員が参加することが必須です。相続人が一人でも欠けている状態では、遺産分割協議書は無効となります。
遺産分割協議は、一次相続と二次相続を別々に行うことも、まとめて行うことも可能です。数次相続の遺産分割協議書は、手続きの煩雑さを避けるため、通常は一次相続と二次相続で別々に作成することが推奨されています。しかし、一次相続と二次相続の相続人が全く同じである場合(例:父の後に母が亡くなったケースなど)は、1通にまとめて作成することも可能です。遺言書が残されている場合は、原則としてその内容に従うため、遺産分割協議は不要となる場合があります。
3.数次相続における遺産分割協議書の書き方
一次相続の遺産分割協議書の記載例
• 被相続人の表記:通常は一人の被相続人の情報のみを記載しますが、数次相続の場合は、一次相続の被相続人に加えて、その後に亡くなった二次相続の被相続人(一次相続の相続人でもあった人)の情報も記載します。この際、二次相続の被相続人の肩書きは「相続人兼被相続人」と明記します。
• 遺産分割協議の冒頭文:数次相続が発生した事実と、二次相続の相続人が一次相続の相続人の地位を承継して協議に参加している旨を明記すると良いでしょう。
• 相続人の署名欄:二次相続の相続人が署名する際には、通常の「相続人」という肩書きに加えて、「相続人兼(二次相続の被相続人の氏名)の相続人」というように、その地位を明確に記載します。
記載例(一次相続の遺産分割協議書)
以下に、数次相続が発生した際の一次相続の遺産分割協議書の記載例を示します。
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遺産分割協議書
被相続人:甲野太郎
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
相続人兼被相続人:甲野花子
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
上記被相続人 甲野太郎 の遺産について、共同相続人全員において遺産の分割について協議をした結果、次のとおり決定した。なお、共同相続人の1人である甲野花子が令和〇年〇月〇日に死亡したため、甲野花子の相続人である甲野一郎、甲野二郎がその地位を承継し、協議に参加した。
記
1. 被相続人 甲野太郎の有する下記不動産(土地・建物)は、甲野一郎が取得する。
◦ 不動産の表示
▪ 土地:
所在:〇〇県〇〇市〇丁目
地番:〇〇番
地目:宅地
地積:〇〇.〇〇平方メートル
▪ 建物:
所在:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
家屋番号:〇〇番
種類:居宅
構造:木造瓦葺2階建
床面積:1階 〇〇.〇〇平方メートル、2階 〇〇.〇〇平方メートル
(以下、具体的な遺産の内容と取得者を記載。例:~略~)
以上のとおり、相続人全員による遺産分割協議が成立したことを証するため、本協議書〇通を作成し、各自署名捺印のうえ、それぞれ1通を保管する。
令和〇年〇月〇日
相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野一郎
(署名) 実印
相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野二郎
(署名) 実印
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二次相続の遺産分割協議書の書き方
二次相続の遺産分割協議書については、一次相続の遺産分割協議が完了し、二次相続の被相続人が一次相続から取得した財産が明確になっている状況であれば、通常の遺産分割協議書の書き方と同様に進めて問題ありません。
1通の遺産分割協議書にまとめる記載例
両親の相続が相次いで発生した場合など、一次相続と二次相続の共同相続人が同一のケースです。
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遺産分割協議書
被相続人:甲野太郎
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
相続人兼被相続人:甲野花子
生年月日:昭和〇年〇月〇日
死亡年月日:令和〇年〇月〇日
本籍地:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
最後の住所:〇〇県〇〇市〇丁目〇番地
上記被相続人 甲野太郎 の相続が令和〇年〇月〇日に開始し、その相続人の1人である妻・甲野花子は令和〇年〇月〇日に死亡した。被相続人 甲野太郎 及び 相続人兼被相続人 甲野花子 の遺産については、被相続人の長男 甲野一郎、二男 甲野二郎 の相続人全員で遺産の分割について協議をした結果、次のとおり決定した。
記
1. 被相続人 甲野太郎 の有する下記不動産については、甲野一郎 が相続する。
(以下、具体的な遺産の内容と取得者を記載。例:~略~)
以上のとおり、相続人全員による遺産分割協議が成立したので、これを証するため本書を作成し、署名捺印する。
令和〇年〇月〇日
相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野一郎
(署名) 実印
相続人兼 甲野花子の相続人
○○県○○市〇丁目○○ 甲野二郎
(署名) 実印
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数次相続における相続登記
不動産を相続した場合には、法務局で相続登記(不動産の名義変更)を行う必要があります。2024年4月1日からは相続登記が義務化され、相続を知った日から3年以内に相続登記をしない場合、10万円以下の過料が課される可能性があります。
数次相続において不動産を相続した場合、相続登記の方法には注意が必要です。原則として、一次相続の相続登記を行った後に、二次相続の相続登記を行うというように、それぞれの相続ごとに登記を申請する必要があります。
しかし、一定の条件を満たす場合には、「中間省略登記」と呼ばれる相続登記を行うことができます。
中間省略登記が認められる主なケースは以下の通りです。
- 中間の相続人が1人だけだった場合。
- 中間の相続人が複数いたが、遺産分割協議や相続放棄などにより、結果的にそのうちの1人だけが単独で不動産を相続することになった場合。
中間省略登記が認められると、手続きの手間を省き、相続登記にかかる登録免許税(原則として不動産の評価額の0.4%)を節約できるというメリットがあります。中間省略登記を行う際の相続登記申請書には、一次相続と二次相続、両方の死亡年月日と原因を記載する必要があります。
また、土地に関する数次相続が発生し、中間省略登記をせずに2回に分けて相続登記を行う場合、一次相続の相続登記にかかる登録免許税が免除されるという暫定的な措置が設けられています。ただし、建物には適用されませんので注意が必要です。
4.数次相続における相続税申告
数次相続が発生した場合、一次相続の相続税申告・納税義務は二次相続の相続人に引き継がれます。したがって、二次相続の相続人は、一次相続と二次相続のそれぞれについて相続税の申告・納税を行う必要があります。
• 申告期限の延長:相続税の申告期限は、原則として相続開始(被相続人が亡くなった日)から10ヶ月以内です。しかし、一次相続分の相続税申告については、二次相続の相続人に限り、期限を二次相続が発生してから10ヶ月以内に延長することができます。ただし、二次相続の相続人とならない一次相続の相続人の申告期限は延長されないため、注意が必要です。
• 基礎控除額の計算:相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。数次相続によって相続人が増えたとしても、この計算における法定相続人の数は、あくまで一次相続の被相続人が亡くなった時点での相続人の数で判断されます。
• 相次相続控除:数次相続の場合には、二次相続の相続税申告において「相次相続控除」の特例を利用できることがあります。これは、短期間に同じ相続財産に相続税が二重に課税される負担を軽減するための制度です。
• 専門家への相談:数次相続では、相続税の節税対策として、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」などの特例を一次相続と二次相続の両方で総合的に考慮する必要があります。これらの特例を適切に活用し、相続税の負担を最小限に抑えるためには、相続税に強い税理士などの専門家に相談することが非常に有効です。
5.できるだけ早く専門家へのご相談を
数次相続は、複数の相続が同時に進行するため、相続人の確定、遺産分割協議の進め方、遺産分割協議書の書き方、相続登記、相続税申告といった一連の手続きが非常に複雑になります。
自己判断で手続きを進めてしまうと、思わぬミスや手続きのやり直しが発生したり、過大な相続税を支払うことになったりするリスクがあります。また、相続人間のトラブルに発展する可能性も高まります.
このような複雑な数次相続に直面した場合は、できるだけ早く専門家へ相談することをおすすめします。適切なアドバイスとサポートを得ることで、手続きをスムーズに進め、不要な負担やトラブルを避けることができるでしょう。特に相続登記や複雑な相続人調査、遺産分割協議書の作成には司法書士が専門としています。疑問や不安があれば、まずは専門家にご相談ください。

神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。