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1.兄弟間の相続トラブルが増えている背景
かつての日本では「長男が家を継ぐ」「兄弟は協力して親の遺産を整理する」といった価値観が根強く、相続をめぐる争いはそれほど多くありませんでした。しかし近年では、家族構成や価値観の多様化、経済状況の変化などにより、兄弟姉妹間での相続トラブルが増加傾向にあります。
特に問題になりやすいのが「遺産分割」をめぐる意見の対立です。不動産や預貯金などの財産をどう分けるかについて、兄弟それぞれが異なる希望や解釈を持ちやすく、感情の対立に発展することも少なくありません。「親の介護をしてきたのに取り分が少ない」「突然、相続放棄した兄弟がいて遺産分割協議が混乱した」「代襲相続人が登場して複雑になった」など、さまざまな事例が報告されています。
また、相続に必要な戸籍の取得や、税金の申告・支払い、名義変更など、実務面でも複雑な対応が求められるため、兄弟間で十分に情報共有ができていないと、誤解や不信感から深刻な対立に発展することもあります。
この記事では、兄弟間の相続で起こりがちなトラブルを紹介しながら、その回避方法をわかりやすく解説していきます。相続を「争族」にしないためにも、事前に知っておきたいポイントを確認しておきましょう。
2.よくある兄弟間の相続トラブル事例
兄弟姉妹間での相続トラブルは、財産の多寡にかかわらず発生します。ここでは、実際によく見られるトラブルのパターンを整理し、それぞれの背景や要因について説明します。
1. 親の介護をめぐる貢献度の不公平感
兄弟のうち一人だけが長年にわたって親の介護を担ってきたケースでは、「介護してきたのだから、他の兄弟より多く相続したい」という気持ちが生まれることがあります。しかし、法定相続分に介護の貢献は直接反映されません。これにより、「苦労したのに他と同じ取り分なのか」と不満が生じ、他の兄弟との間に亀裂が入ることもあります。
このような場合には「寄与分」という制度を利用することも検討できますが、証明が難しく、争いに発展するケースもあります。
2. 遺言書がない・遺言の内容に不満
親が遺言書を残していない場合、相続人全員での遺産分割協議が必要となりますが、全員の意見がまとまらず協議が長期化することが少なくありません。逆に、遺言書があっても内容に偏りがある場合、「なぜ兄だけに不動産が?」などと不信感を抱かれ、トラブルに発展することもあります。
自筆証書遺言に不備があり、法的に無効と判断されることで、さらに混乱が生じる例も見られます。
3. 相続放棄による意外な展開
兄弟の中で一人だけが相続放棄をしたことで、他の相続人の取り分が変動し、不満を招くことがあります。とくに借金があるケースでは、相続放棄によって残された相続人に負担が集中してしまうことも。
4. 代襲相続による新たな関係者の登場
相続人の一人が先に亡くなっており、その子(孫など)が代襲相続人として権利を持つ場合、従来の兄弟姉妹とは異なる世代が遺産分割協議に加わることになります。関係性が薄く、連絡先が分からない、そもそも相続に関心がないといった事情により、手続きが遅延・停滞する原因にもなります。
3.遺産分割協議でトラブルを回避するための工夫
遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要な手続きです。円滑に進めるためには、感情論に発展する前に、具体的な工夫を講じておくことが重要です。この章では、兄弟間でのトラブルを未然に防ぐために有効な対応策をご紹介します。
1. 初期段階での「情報共有」を徹底する
遺産分割協議を開始する前に、遺産の全容、法定相続人の範囲、相続税の見込み、遺言書の有無など、全員が同じ情報を共有することが重要です。情報に偏りがあると、不信感や不公平感を生み、協議が決裂する原因になります。
たとえば以下の情報をまとめて共有するとスムーズです:
- 財産目録(不動産、預貯金、有価証券、借金など)
- 被相続人の戸籍・住民票除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 税理士・司法書士からの意見書(可能なら)
2. 話し合いの場では「感情論」を避ける工夫
遺産分割協議が進むうちに、「あのとき面倒を見たのは自分だ」「付き合いがなかったのに相続だけ主張するのはずるい」といった感情論に発展することが多くあります。これを防ぐには、事前に議題を整理し、協議の目的を「遺産の円満な分割」に集中させる必要があります。
特に兄弟間の場合は、過去の家族関係が影響しやすいため、必要に応じて第三者(司法書士やファシリテーター)を同席させると効果的です。
3. 寄与分や特別受益は「明確な根拠」を提示する
「自分だけが介護した」「生前に多く援助してもらった」などの主張がある場合、それを協議に反映させたいと考えるのは自然なことです。しかし、感覚的な訴えではなく、客観的な証拠(介護日誌、送金記録、不動産名義の変更書類など)を用意することがトラブル回避につながります。
寄与分や特別受益は、協議の場で争いになりやすいため、第三者による意見や法的な解釈をもとに冷静に判断することが望まれます。
4. 書面による「遺産分割協議書」の作成を必ず行う
口頭での合意だけで終わらせず、必ず遺産分割協議書を作成し、相続人全員が署名押印することが大切です。登記や銀行手続きに使用できる正式な書類であると同時に、将来のトラブルを防ぐ「証拠」となります。
また、相続登記や金融機関への提出を見据えて、協議書の文言や構成は専門家と相談しながら慎重に行いましょう。
5. 専門家の同席や仲介を活用する
兄弟姉妹での相続協議は、どうしても感情が絡みやすく、冷静な話し合いが難しくなることがあります。こうした場合、司法書士や弁護士といった専門家に協議の立会いを依頼することで、中立的かつ法的観点からのアドバイスを得ることができ、話し合いを前に進めやすくなります。
4.相続放棄が有効なケースとその判断ポイント
相続放棄とは、法律上当然に発生する相続権を「放棄する」ことで、最初から相続人ではなかったとみなされる制度です。兄弟間の相続においても、相続財産がプラスよりもマイナス(借金など)のほうが多い場合や、遺産をめぐるトラブルに巻き込まれたくない場合など、相続放棄が有効な選択肢となるケースがあります。
ここでは、相続放棄をすべきかどうか判断するためのポイントをわかりやすく解説します。
1. 借金などの負債が遺産に含まれている場合
相続では、財産(プラスの遺産)だけでなく、借金や未納の税金(マイナスの遺産)も引き継ぐことになります。兄弟姉妹が相続人となる場面では、親の遺産がすでに長期間管理されておらず、借金や滞納金の存在が明らかになることもあります。
このような場合、相続放棄を行えば、借金の支払い義務を免れることができます。ただし、プラスの財産があるかどうかは放棄前に慎重に調査する必要があります。
2. 他の相続人との関係悪化を避けたい場合
兄弟姉妹との関係がもともと良くなかったり、遺産分割協議が争いになりそうな場合には、あえて相続放棄を選ぶことでトラブルを回避するという選択肢もあります。
相続放棄をすれば、遺産分割協議に参加する必要がなくなり、関係者とのやり取りを最小限に抑えることが可能です。ただし、特定の財産だけを放棄するということはできないため、全ての相続権を失うことになります。
3. 相続放棄の手続きと期限に注意
相続放棄は、家庭裁判所に対して「相続放棄の申述」を行うことで成立します。注意すべきは、その期限です。相続を知った日から3か月以内に申立てを行う必要があり、これを過ぎると単純承認(すべてを相続する)とみなされるおそれがあります。
万一、期限内に相続財産の内容がよく分からない場合は、「熟慮期間の伸長申立て」を行って3か月の猶予を延ばすことも可能です。
4. 相続放棄後の代襲相続や他の影響に注意
兄弟姉妹の相続では、相続放棄によって思わぬ相続関係の変化が生じることがあります。たとえば、放棄した兄弟に子(甥・姪)がいる場合でも、代襲相続は発生しません(親の相続放棄は、代襲原因ではないため)。
また、放棄によって次順位の相続人(他の兄弟やその子など)に相続が移るため、相続関係が複雑になるケースもあります。放棄の影響範囲は慎重に確認する必要があります。
5. 相続放棄後の注意点(財産を使わない・処分しない)
相続放棄を考えている場合は、「相続財産を管理・使用しないこと」が非常に重要です。たとえば、被相続人の預金を引き出して使ったり、不動産を貸したりする行為は、「単純承認」とみなされ、放棄が認められなくなる可能性があります。
また、通帳の記帳や遺品整理なども「相続人としての管理行為」にあたると疑われる可能性があるため、判断に迷う行動は事前に司法書士など専門家に相談することをおすすめします。
5.兄弟間で代襲相続が発生するケースと対応
兄弟姉妹が相続人となるケースでは、「代襲相続(だいしゅうそうぞく)」が発生することがあります。代襲相続とは、本来相続人となるはずだった人が、相続開始以前に死亡している場合に、その子が代わりに相続人となる制度です。
この章では、兄弟相続における代襲相続の仕組みと注意点を、具体例を交えながら解説します。
1. 兄弟姉妹に代襲相続が認められるケースとは
代襲相続が認められるのは、民法第887条・第889条の規定によりますが、兄弟姉妹が相続人となる場合でも、その兄弟姉妹が既に死亡していた場合、その人の「子(甥・姪)」が代襲相続人として相続に参加します。
たとえば以下のようなケースです:
- 被相続人に配偶者も子もおらず、兄弟姉妹が相続人となる場合
- そのうちの一人の兄弟が被相続人より先に死亡していた場合
- その兄弟に子がいた場合、その子(甥や姪)が代襲相続人となる
ただし、甥や姪がすでに死亡していても「再代襲相続」は認められない点に注意が必要です。
2. 戸籍調査がより複雑になる
代襲相続が発生すると、相続人の調査や確定作業が通常の相続よりも複雑になります。通常の相続の場合は、被相続人の出生から死亡までの全ての戸籍と、相続人の現在の戸籍があれば手続きが進むことが多いです。しかし、代襲相続がある場合は、次のような追加書類が必要となります。
- 代襲者の親(たとえば、亡くなった兄弟姉妹)の除籍謄本
- 甥・姪(代襲者)の現在の戸籍謄本
場合によっては、複数の市区町村にまたがる戸籍の取得が必要になり、時間と手間がかかります。特に転籍を繰り返している家庭では、古い戸籍をたどることに苦労することがあります。
3. 代襲相続人との遺産分割協議の実務上の問題
代襲相続人が多数いる場合、それぞれに遺産分割協議書への署名・押印と印鑑証明書の提出が必要です。中には、長年疎遠になっている甥や姪、海外在住の代襲相続人が含まれることもあり、連絡が取れない、協議に応じないといったトラブルが発生するケースもあります。
特に、相続財産が不動産中心で売却予定がある場合、全員の同意が必要になるため、協議が難航することが少なくありません。
4. 代襲相続人が未成年の場合の注意点
代襲相続人が未成年者である場合には、法定代理人(多くは親権者)が手続に関与することになります。ただし、未成年者と親権者が利害関係を有する場合(たとえば親も相続人の場合)には、「特別代理人」の選任が必要になる場合があります。
この手続は家庭裁判所に申し立てる必要があり、事務的・時間的な負担が増すため、あらかじめ確認しておくことが重要です。
5. 遺言がある場合の代襲相続の影響
遺言がある場合、その内容によっては代襲相続人が相続できない場合もあります。たとえば、被相続人が兄弟の一人にだけ全財産を相続させるという遺言を残していた場合、その兄弟が先に亡くなっていても、その子には相続権が移らないことがあります。
これは、代襲相続は「法定相続」に適用される制度であり、「遺言による相続」には原則として適用されないからです。したがって、遺言がある場合には内容を精査し、代襲相続人の有無とその扱いを確認する必要があります。
6.兄弟間の相続で必要になる戸籍収集と注意点
兄弟姉妹が相続人となる場合、他の相続形態と比べて戸籍の収集が煩雑になりやすい点に注意が必要です。ここでは、兄弟間の相続において、どのような戸籍書類を、どこまで集める必要があるのかを具体的に解説します。
1. 兄弟相続で必要な基本的な戸籍類
兄弟姉妹が相続人となるのは、被相続人に配偶者も子もおらず、かつ親(直系尊属)もすでに亡くなっている場合です。このようなケースでは、相続人である兄弟姉妹を確定させるために、以下の戸籍が必要となります。
- 被相続人の出生から死亡までの全戸籍(改製原戸籍・除籍謄本を含む)
- 被相続人の両親の出生から死亡までの全戸籍(改製原戸籍・除籍謄本を含む)
- 被相続人の兄弟姉妹の現在の戸籍謄本
2. 代襲相続がある場合の追加書類
兄弟姉妹が被相続人より先に亡くなっており、その子(甥・姪)が代襲相続人になる場合は、さらに以下の戸籍が必要になります。
- 代襲相続人(甥・姪)の現在の戸籍謄本
- 亡くなった兄弟姉妹(甥・姪の親)の出生から死亡までの全戸籍(改製原戸籍・除籍謄本を含む)
特に注意すべきは、代襲相続人が多数いるケースや、甥・姪が既に亡くなっている場合です。この場合、再代襲は認められないため、その人の子どもには相続権が及びませんが、確認のための戸籍は必要になります。
3. 戸籍の「つながり」を確認することが重要
兄弟相続で特に重要なのは、「被相続人と相続人とのつながりを明らかにする戸籍が揃っているか」です。
また、婚外子や養子縁組などが含まれる場合、親子関係や兄弟関係が戸籍で明確に証明されていないと、法定相続人として認められないケースもあるため注意が必要です。
7.兄弟の相続トラブルを防ぐために今できること
兄弟姉妹間の相続は、親の死後に初めて向き合う課題であることが多く、そのぶん感情的な対立や手続き上の混乱が起こりやすいものです。
こうした事態を避けるためには、被相続人が遺言書を作成しておくこと、そして相続人側も事前に関係者の把握や手続きの準備を進めておくことが重要です。また、相続税や登記などの面でも複雑な判断が求められることがあるため、相続に精通した専門家へ早めに相談することが、円満な相続の第一歩になります。
高野司法書士事務所では、兄弟間の相続における不動産の名義変更や、遺産分割協議書の作成、相続放棄の手続きなど、相続に関するご相談を幅広く承っております。横浜市青葉区をはじめ、緑区、都筑区、町田市などの近隣地域の方からも多くのご依頼をいただいております。
「兄弟で揉めない相続をしたい」「今の状況に不安がある」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。あなたのご事情に寄り添い、最適な解決策をご提案いたします。

神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。