2024年4月1日から、不動産に関する相続登記の申請が義務化されました。この法改正は、長年にわたり社会問題となっていた「所有者不明土地」の増加に歯止めをかけることを目的としています。所有者不明土地は、公共事業や復旧・復興事業の妨げとなるだけでなく、民間取引の阻害や土地の管理不全化、さらには隣接する土地への悪影響といった深刻な問題を引き起こしています。その主な原因は、相続登記がされないこと(62%)や住所変更登記がされないこと(34%)とされています。
この義務化に伴い、相続人の方々の負担を軽減し、手続きを円滑に進めるための新たな制度として「相続人申告登記」が創設されました。本記事では、この相続人申告登記について、その必要書類や記載例、利用する際のデメリット、費用、そしてどこで申出を行うかについて詳しく解説します。
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1.相続人申告登記とは?義務化の背景と制度の概要
相続登記の申請義務化により、不動産を取得した相続人は、自己のために相続が開始したことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務付けられました。正当な理由なくこの義務を怠ると、10万円以下の過料が科される可能性があります。
しかし、相続発生後すぐに遺産分割協議がまとまらないケースや、相続人が多数で戸籍書類の収集に時間と手間がかかるケースも少なくありません。そこで、このような状況下でも相続人が相続登記の申請義務を簡易に履行できるよう創設されたのが「相続人申告登記」です。
この制度を利用すると、相続人は「所有権の登記名義人について相続が開始した旨」と「自らがその相続人である旨」を登記官に申し出るだけで、一時的に義務を履行したとみなされます。申出を受けた登記官は、必要な審査を行った上で、申出をした相続人の氏名や住所等を職権で登記簿に付記します。これにより、登記簿を見た人が不動産の所有者(相続人)の情報を把握しやすくなり、所有者不明土地の発生予防に繋がることが期待されています。
相続人申告登記の大きな利点は、法定相続人の範囲や法定相続分の割合を確定するための複雑な戸籍謄本等の収集が不要となる点です。相続人が複数いる場合でも、特定の相続人が単独で申出を行うことが可能です。
2.相続人申告登記の必要書類
相続人申告登記の申出には、主に以下の書類が必要となります。
1. 申出人の戸籍関係書類
- 被相続人の死亡日、被相続人と申出人との関係性、および申出人自身の生存の事実を証明できる戸籍全部事項証明書などが必要です。
- 数次相続が発生している場合は、登記名義人から中間相続人、そして中間相続人から最終申出人への相続関係を一代ずつ証明できる戸籍関係書類が必要となります。
- ただし、申出人以外の他の相続人の戸籍は、原則として不要とされています。
2. 申出人の住所を証する情報
- 原則として住民票の写しなどが必要です。
- ただし、申出書に氏名のふりがな、生年月日(外国人の場合は氏名のローマ字表記)を正確に記載し、かつ住民基本台帳ネットワークシステムの情報と照合可能であれば、住民票の写しの提出を省略することができます。
3. 法定相続情報一覧図または法定相続情報番号
- 法定相続情報証明制度を利用している場合、法定相続情報一覧図の写しやその番号を提供することで、上記の戸籍関係書類や住所を証する情報の一部または全部の添付を省略できる場合があります。
4. 被相続人の同一性証明書類
- 被相続人の登記記録上の住所と戸籍に記載されている本籍が異なる場合など、登記記録上の人物と戸籍上の人物が同一であることを証明するために、住民票の除票や戸籍の附票の写しなどが必要となることがあります。
5. 代理権限証明情報
- 司法書士などの専門家が代理人として申出を行う場合、代理権限を証する書面(委任状など)の提出が必要です。書面による申出の場合、この代理権限証明情報への押印または署名は不要とされています。
申出書の申出人の押印については、申出人本人が書面で申出を行う場合は押印不要です。オンラインでの申出の場合も、申出情報への電子署名は不要とされています。
3.相続人申告登記の申出書の記載例
相続人申告登記の申出書は、法務局のウェブサイト等でひな形が公開されています。以下に主要な記載事項を説明します。
• 申出の目的:「相続人申告」と明記します。
• 登記名義人(被相続人)の情報:死亡した不動産登記名義人の氏名と、その相続が開始した年月日(被相続人の死亡日)を記載します。
• 申出人の情報:申出人自身の現在の住所、氏名、電話番号を記載します。氏名のふりがなと生年月日を記載すれば、住所証明情報の提出を省略できます。
• 不動産の表示:申出の対象となる不動産を、登記記録(登記事項証明書)に記載されているとおり正確に記載します。不動産番号を記載すれば、所在や地番、家屋番号といった詳細な表示を省略することが可能です。
• 添付情報:提出する書類名を記載します。
• 相続関係説明図:任意で提出することができます。これを提出すると、添付した戸籍謄本等の原本還付が可能となります。
4.相続人申告登記の記載例
相続人申告登記の実際の登記記録の記載例は以下のようになります。

5.相続人申告登記のデメリット
相続人申告登記は、相続登記の申請義務の履行を簡易にするための応急措置であり、いくつかのデメリットがあります。
• 終局的な権利の公示ではない:この登記は、あくまで「相続人が存在すること」を公示するものであり、最終的な権利関係(例えば、誰がどの不動産を単独で取得したかなど)を明確に公示するものではありません。
• 登記識別情報は通知されない:相続人申告登記を行っても、登記識別情報は通知されません。登記識別情報は、不動産の所有者が自身の権利を証明し、将来的な登記申請の際に必要となる重要な情報です。
• 別途、遺産分割の結果に基づく相続登記が必要:遺産分割協議が成立した場合や、遺言によって特定の相続人が不動産を取得した場合は、その内容を踏まえた所有権移転登記を別途申請する義務が生じます。この登記は、遺産分割が成立した日(遺言の場合は所有権取得を知った日)から3年以内に行う必要があります。
• 不動産の処分に制約:相続した不動産を売却したり、抵当権を設定したりするといった処分行為を行う場合、相続人申告登記のみでは不十分であり、別途、遺産分割協議に基づく所有権移転登記などを行う必要があります。
これらのデメリットを理解し、相続人申告登記は、遺産分割協議に時間がかかりそうな場合など、相続登記の義務履行期間に間に合わせるための一時的な手段として活用することが望ましいと言えます。最終的には、遺産分割協議を速やかに成立させ、その内容を反映した相続登記を行うことが重要です。
6.相続人申告登記にかかる費用
相続人申告登記は、その簡易な性質から、登録免許税が非課税とされており、審査手数料も不要です。
ただし、申出に必要な戸籍謄本や住民票の写しなどの公的書類の取得には、別途実費がかかります。また、これらの手続きを司法書士などの専門家に依頼する場合は、別途報酬が発生します。
7.どこで申出を行うか
相続人申告登記の申出は、原則として対象となる不動産の所在地を管轄する法務局に対して行います。書面による申出の場合は、管轄法務局の窓口に提出するか、郵送で送付します。
また、オンラインでの申出も可能であり、「かんたん登記申請」というサービスも利用できます。オンライン申出の場合、物理的な管轄の制約を受けにくいという利便性があります。
詳細な手続きについては、事前に管轄法務局に確認することをお勧めします。
8.分からないことがあれば専門家にご相談ください
相続人申告登記は、相続登記の義務期間内に間に合わせるための一時的な措置としての性格が強く、長期的な視点で見れば、遺産分割協議をまとめ、その結果を反映した最終的な相続登記を行うことが最も望ましい対応と言えるでしょう。必要書類を正確に準備し、適切な申出を行うことが重要です。
新しい制度の円滑な運用には、国民への十分な周知と理解が不可欠です。不明な点があれば、法務局や専門家へ相談し、適切な手続きを進めるようにしましょう。

神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。
