相続財産の分け方は多岐にわたりますが、特に遺産の大部分が不動産などの分割しにくい財産である場合、相続人全員が公平感を持って円滑に相続手続きを進めるために「代償分割」という方法が有効です。ここでは、代償分割の基本的な考え方から、遺産分割協議書の具体的な書き方、さらには税金に関する注意点まで詳しく解説します。
このページの目次
1.代償分割とは?遺産分割の選択肢
代償分割とは、特定の相続人が法定相続分を超える遺産(現物)を取得する代わりに、その差額分を金銭(代償金)などで他の相続人に支払って清算する遺産分割方法です。
この方法が特に選ばれるのは、不動産や事業用資産など、そのままでは均等に分けにくい財産が主な遺産である場合です。例えば、自宅不動産を特定の相続人が単独で取得したい場合や、事業を承継する相続人が事業用資産を細分化せずにまとめて引き継ぎたい場合などに適しています。
遺産分割には代償分割の他に、主に以下の3つの方法があります。
- 現物分割:遺産をそのままの形で各相続人が分け合う方法です。例えば、長男が不動産を、次男が預貯金を取得するケースです。しかし、遺産の価値が不均等になりやすく、不公平感が生じるリスクがあります。
- 換価分割:遺産を売却して現金化し、その金銭を相続人全員で分け合う方法です。公平な分配が可能ですが、先祖代々の土地や思い出の品など、遺産そのものが失われるというデメリットがあります。
- 共有分割:遺産の全部または一部を複数の相続人が共同で所有する方法です。一見公平に見えますが、将来的に売却や管理の際に全員の同意が必要となり、権利関係が複雑化し、トラブルの原因となりやすい側面があります。
これらの分割方法と比較して、代償分割は遺産の現物を保ちつつ、相続人間の公平性を確保できる点で優れた選択肢と言えます。
2.代償分割のメリットとデメリット
代償分割を選択する際には、その利点と注意点を理解しておくことが重要です。
1. 代償分割のメリット
• 公平な遺産分配が可能:遺産の価値に差がある場合でも、代償金を支払うことで相続人それぞれの取得する財産の価値を調整し、公平な分配を実現できます。
• 遺産の形状を維持できる:不動産や事業用資産などを売却せずに、希望する相続人がそのままの形で引き継ぐことが可能です。これは、先祖代々の土地や、事業継続に不可欠な資産の場合に特に大きなメリットとなります。
• 相続トラブルの回避:不動産を共有名義にするなどの複雑な権利関係や、売却の是非をめぐる意見の対立といったトラブルを防ぐことができます。
• 税制上の特例活用による節税効果:特定の条件を満たす場合、「小規模宅地等の特例」を適用できる可能性があります。この特例を利用すると、自宅の敷地などの相続税評価額が最大80%減額され、相続税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。
2. 代償分割のデメリット
• 代償金の支払い能力が必要:遺産を多く取得する相続人は、他の相続人へ代償金を支払う義務が生じます。代償金が高額になる場合も多く、資金の準備が困難な場合は代償分割の実現が難しいこともあります。
• 代償金額をめぐるトラブルの可能性:代償金の金額やその評価基準について、相続人間で意見の相違が生じ、話し合いがまとまらないことがあります。特に不動産の評価は専門家でも難しく、争いの原因になりやすいです。
• 贈与税や譲渡所得税の課税リスク:後述しますが、遺産分割協議書に適切な記載がない場合、代償金が「贈与」とみなされて贈与税が課されたり、現金以外の財産を代償として譲渡した場合に譲渡所得税が発生したりする可能性があります。
3.遺産分割協議書に代償分割を明記する重要性
代償分割を行う上で最も重要なことの一つが、遺産分割協議書に代償分割の旨を明確に記載することです。この記載は、主に以下の2つの目的があります。
1. 贈与税の課税を避けるため:相続人間で代償金のやり取りが行われた際に、遺産分割協議書に代償分割であることの記載がないと、その金銭の授受が贈与と認定され、贈与税が課税されてしまう可能性があります。代償金は、相続財産を多く取得したことの対価として支払われるものであり、原則として贈与には該当しませんが、書面での明確な証明が不可欠です。
2. 将来的なトラブルの防止と証拠化:万が一、代償金の支払いの約束が守られなかった場合に備え、遺産分割協議書は重要な証拠となります。支払期限や分割払いの条件など、詳細な取り決めを明記することで、後々の「言った言わない」といった争いを防ぐことができます。
4.代償金の金額の決め方
代償金の金額の算定方法について、法律上の明確な定めはありません。そのため、相続人全員が納得できる金額であれば、どのように決めても差し支えありません。
特に代償分割の対象が不動産である場合、以下のいずれかの評価額を参考に代償金を決定するのが一般的です。
- 実勢価格(時価):実際に市場で取引される価格であり、最も現実的な価格といえます。不動産鑑定士による鑑定評価も、公平性を担保する上で有効な手段です。
- 公示価格:国土交通省が公表する土地の標準価格で、市場価格に近い水準です。
- 相続税評価額(路線価など):相続税や贈与税を計算する際に基準となる評価額で、公示価格の約80%程度となることが多いです。代償金を支払う相続人にとっては、支払額を抑えられるため有利となる傾向があります。
- 固定資産税評価額:固定資産税を算定する基準となる評価額で、公示価格の約70%程度となることが多いです。他の評価方法に比べて低めに設定されるのが一般的です。
これらの評価方法はそれぞれ金額が大きく異なるため、相続人全員がどの評価方法を採用するかについて十分に話し合い、合意することが非常に重要です。合意が得られない場合は、家庭裁判所の調停や審判で決定することも可能です。
5.遺産分割協議書の書き方:ひな型と記載例
遺産分割協議書は、法的な要件を満たし、かつ相続人全員の合意内容を正確に反映させる必要があります。以下に、代償分割における遺産分割協議書の基本的なひな型と、具体的な記載例をケース別に示します。
1. 遺産分割協議書の基本構成
遺産分割協議書には、法律で定められた厳密な様式はありませんが、以下の情報を正確に記載することが重要です。
- 被相続人の情報:氏名、生年月日、死亡日、本籍地、最終住所地。
- 相続人の情報:遺産分割協議に参加した全ての相続人の氏名と住所。
- 遺産の内容と分割方法:各相続人が取得する財産とその内容、または代償金の支払い条件を明記します。
- 代償金の具体的条件:支払額、支払期限、支払方法(振込先口座など)、振込手数料の負担者などを明確に記載します。
- 相続人全員の署名と実印での押印:全ての相続人が署名・押印することで、協議内容の真正性を担保します。相続登記や相続税申告では実印での押印と印鑑証明書の添付が必要となります。
2. 遺産分割協議書のひな型(記入例)
以下のひな型はあくまで一例です。個別の状況に合わせて適宜調整してください。
遺産分割協議書
被相続人 □□□(昭和△△年△月△日生)
死亡日 令和△△年△月△日
最後の本籍地 神奈川県□□市△△町〇丁目〇番
最後の住所 神奈川県□□市△△町〇丁目〇番△号
上記の被相続人□□□(以下「被相続人」という)の遺産相続に関し、共同相続人である被相続人の妻〇〇〇〇(以下「甲」という)、長男〇〇〇〇(以下「乙」という)、および長女〇〇〇〇(以下「丙」という)は、本日、遺産の分割について協議を行い、下記の通り分割取得することに合意した。
第1条(遺産の取得)
1.甲は、以下の遺産を取得する。
(1)土地
所 在 神奈川県横浜市青葉区□□町
地 番 △△番△
地 目 宅地
地 積 △△.△△平方メートル
(2)建物
所 在 神奈川県横浜市青葉区□□町 ○○番○
家屋番号 △△番△
種 類 居宅
構 造 木造瓦葺2階建て
床面積 1階部分 〇平方メートル
2階部分 ○平方メートル
(3)動産
前号建物に付随する家具・家財その他一切の動産
2.乙は、以下の遺産を取得する。
(1)預貯金
□□銀行□□支店 普通預金 口座番号△△△△
口座名義人 □□□
第2条(代償金の支払い)
甲は、前条1項に記載された遺産を取得する代償として、丙に対し金〇〇万円を令和〇年〇月〇日までに、以下の口座に振込送金の方法により支払う。その際にかかる振込手数料は、甲が負担する。
(振込先口座)
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号〇〇〇〇〇〇〇
口座名義人 □□□□
第3条(後日判明した遺産の取り扱い)
本協議書に記載なき遺産及び後日判明した遺産については、相続人甲、乙及び丙が各3分の1の割合で取得することとする。
以上のとおり、甲乙丙相続人全員による遺産分割協議が成立したことを証明するため、本協議書を3通作成し、甲乙丙相続人全員が署名押印のうえ、各1通ずつ所持する。
令和〇〇年〇月〇日(作成日を記入)
住 所 神奈川県横浜市青葉区□□△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人甲(妻) 〇〇〇〇 実印
住 所 神奈川県川崎市□□区△△町△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人乙(長男) 〇〇〇〇 実印
住 所 埼玉県△△市□□町△丁目△番△号
生年月日 昭和△△年△月△日
相続人丙(長女) 〇〇〇〇 実印
3. 遺産の記載方法(預貯金など)
• 不動産:所在、地番、地目、地積、種類、構造、床面積、家屋番号など、登記簿に記載されている通りに正確に記載します。
• 預貯金:金融機関名、支店名、預金の種類(普通預金、定期預金など)、口座番号、口座名義人を明記します。ただし、預貯金の金額は、協議書作成後も変動する可能性があるため、確定しているものを除き、具体的な金額を記載しない方が望ましいとされています。もし記載する場合は、「相続開始日の残高」といった但し書きを添えると良いでしょう。
4. 代償金を金銭で支払う場合の記載例
特定の相続人が遺産を取得し、他の相続人へ代償金を金銭で支払う場合の記載例です。支払期限と振込先口座、振込手数料の負担についても明確に記載することが重要です。
第〇条(代償金の支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、金〇〇万円を令和〇年〇月〇日までに、以下の口座に振込送金の方法により支払う。その際にかかる振込手数料は、相続人〇〇〇〇が負担する。
(振込先口座)
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号〇〇〇〇〇〇〇
口座名義人 □□□□
5. 代償金が金銭以外の場合の記載例
代償金が金銭ではなく、別の不動産などの財産を譲渡する形で支払われる場合の記載例です。譲渡する財産を特定し、所有権移転登記の手続きと支払期限、費用負担を明記します。
第〇条(代償財産の譲渡)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、相続人〇〇〇〇が所有する下記不動産の所有権を譲渡し、令和〇年〇月〇日までに所有権移転登記手続を完了させる。なお、所有権移転登記に関する費用は相続人〇〇〇〇が負担する。
(不動産)
所 在 〇〇県〇〇市〇〇町〇〇丁目
地 番 〇〇番
地 目 宅地
地 積 〇〇.〇〇平方メートル
6. 複数の相続人に代償金を支払う場合の記載例
一人の相続人が遺産を取得し、複数の相続人へ代償金を支払う場合の記載例です。各相続人への支払額と支払期限、振込先口座を個別に明記します。
第〇条(代償金の支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、下記のとおり代償金を支払う。いずれも、振込手数料は相続人〇〇〇〇が負担する。
1.相続人□□□□に対して
代償金額 金□□万円
支払期限 令和〇年〇月〇日限り
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号□□□□□□□
口座名義人 □□□□
2.相続人◇◇◇◇に対して
代償金額 金◇◇万円
支払期限 令和〇年〇月〇日限り
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号◇◇◇◇◇◇◇
口座名義人 ◇◇◇◇
7. 分割払いで代償金を支払う場合の記載例
代償金が高額で一括払いが難しい場合、相続人全員の合意があれば分割払いも可能です。分割払いの記載例では、支払い回数、毎回の金額、支払期限を具体的に明記します。
第〇条(代償金の分割支払い)
相続人〇〇〇〇は、第〇条に記載された遺産を取得する代償として、相続人□□□□に対し、金〇〇万円を次のとおり分割して支払う。
1.令和〇年〇月から令和〇年〇月まで □回
毎月末日限り 金□万円
2.令和〇年〇月〇日限り 金□万円
第〇条(支払い方法)
前条の支払いは、以下の口座に振込送金の方法により行う。振込手数料は相続人〇〇〇〇が負担する。
(振込先口座)
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号□□□□□□□
口座名義人 □□□□
8. 遅延損害金や抵当権を設定する場合
代償金の支払いが滞った場合に備え、遺産分割協議書に遅延損害金や抵当権の設定について定めておくことも検討できます。
6.代償分割における税金(特に贈与税)
代償分割を行う際には、贈与税をはじめとする税金について十分に理解し、適切な対策を講じることが不可欠です。
1. 贈与税のリスクと回避策
代償分割で支払われる代償金は、原則として贈与税の課税対象にはなりません。代償金は、遺産分割の一環として、相続分の公平性を保つために支払われるものだからです。しかし、以下のような場合には贈与税が課される可能性があります。
- 割協議書に代償分割の旨が明記されていない場合:これが最も一般的な贈与税リスクです。単なる金銭の贈与とみなされ、受け取った側に贈与税が課税されてしまいます。
- 回避策:遺産分割協議書には、「代償分割による代償金である」ことを明確に記載することが必須です。
- 遺産の評価額を著しく超える代償金が支払われた場合:代償金の金額が、取得した遺産の価値を大幅に上回る場合、その超過分が贈与とみなされて贈与税の課税対象となることがあります。
- 回避策:遺産の評価額を適正に算出し、過大な代償金の支払いを避けることが重要です。
- 遺産を全く相続していない人が代償金を支払う場合:生命保険金は受取人固有の財産であり、遺産分割の対象とはなりません。もし、遺産を全く相続していない人が、生命保険金を原資として他の相続人に金銭を支払った場合、それは代償分割とは認められず、贈与と判断される可能性が高いです。
2. 譲渡所得税の発生条件
代償金を金銭で支払う場合は、譲渡所得税はかかりません。しかし、遺産を取得した相続人が、金銭以外の資産(例えば、自身が所有する不動産や株式など)を代償として他の相続人に譲渡した場合には、その資産の譲渡益に対して譲渡所得税が発生する可能性があります。これは、その資産を時価で譲渡したとみなされるためです。現金以外の財産を代償とする場合は、事前に税理士などの専門家に相談し、税額を試算しておくことをお勧めします。
3. 相続税の課税価格計算
代償分割における相続税の課税価格は、代償金の支払い側と受取側でそれぞれ以下のように計算されます。
• 代償金を支払う相続人:課税価格 = 相続した遺産の評価額 − 支払った代償金の金額。
• 代償金を受け取る相続人:課税価格 = 相続した遺産の評価額(他の遺産を取得した場合)+ 受け取った代償金の金額。
4. 小規模宅地等の特例による節税効果
代償分割では、一定の条件を満たす場合、小規模宅地等の特例を適用することで相続税の負担を軽減できることがあります。この特例は、被相続人の居住用や事業用の宅地などを相続した場合に、その土地の評価額を最大80%減額できる制度です。この特例の適用要件をよく確認し、代償分割と合わせて活用することで、効果的な節税対策となる可能性があります。
7.代償分割を円滑に進めるための注意点
代償分割を円滑に進め、将来的なトラブルを防ぐためには、いくつかの重要な注意点があります。
1. 支払期限の猶予や分割払いの交渉
代償金が高額で、支払期限までに一括で用意することが難しい場合もあるでしょう。このような場合、相続人全員で話し合いを行い、支払期限の延長(猶予)分割払いの交渉をすることが考えられます。 分割払いにする場合は、支払い回数、毎回の金額、支払期日などを明確に定めて遺産分割協議書に記載しておくことが、後々のトラブル防止のために非常に重要です。
2. 遺産分割協議書を公正証書で作成するメリット
遺産分割協議書は、私的に作成したものでも法的な効力は持ちます。しかし、相続人同士の信頼関係が薄い場合や、代償金額が高額であるなどの理由で代償金の支払いが滞る懸念がある場合は、遺産分割協議書を公正証書で作成することを検討しましょう。 公正証書に「強制執行受諾文言」(代償金の支払いをしない場合は直ちに強制執行に服するという文言)を記載しておくことで、万が一支払いが滞った際に、裁判所を介することなく強制執行の手続きを行うことが可能になります。これは、代償金を確実に回収するための強力な手段となります。
8.専門家への相談の勧め
代償分割は、相続法や税法に関する専門的な知識を要する複雑な手続きです。遺産の評価、税務リスクの回避(特に贈与税)、遺産分割協議書の適切な作成、支払期限や分割払い条件の交渉など、一般の方が行うには非常に難しい側面が多々あります。
相続に詳しい司法書士や弁護士、税理士などの専門家に相談することで、個々の状況に応じた的確なアドバイスを受け、最適な分割方法の選択、適正な遺産評価、贈与税などの税金リスクの回避、そして不備のない遺産分割協議書の作成をサポートしてもらうことができます。専門家のサポートを得ることで、相続手続きを円滑かつ円満に進められる可能性が高まります。

神奈川県横浜市青葉区にある高野司法書士事務所の高野直人です。遺言書作成や相続登記、相続放棄など、相続に関する手続きを中心にお手伝いしています。令和6年4月から相続登記が義務化されたこともあり、不安や疑問をお持ちの方も多いかと思います。当事務所では、平日夜間や土日祝日の無料相談も行っており、お一人おひとりに丁寧に対応しています。どうぞお気軽にご相談ください。
